夏立つ
きり
花の盛りは過ぎ、若い緑が目に眩しい季節を迎えた。強くなりつつある日差しとやわらかい色彩の風景は、更なる季節の到来を予感させる。まだ朝夕の温度差は激しいが、肌に馴染んだ冬の気配はとうに消えてなくなってしまった。区切りを強調するかのように南から吹く風は暖かい。
風が髪をなぶるに任せたまま、タケルは海の彼方を視つめた。
―――マーグ。
タケルは目を閉じて彼の半身に呼びかける。
届くことのない思念はテレパシーにもなりきらず、散漫に空中を漂った。
―――宇宙へ行くことになった。
しばらくは帰れない。
前線基地とも言うべき人工ステーションへ赴くのは、もう間もなくのことだ。無限の空間と悠久の時間。あらゆる物質を包括する宇宙は幼い頃から憧憬の対象であった。純粋に憧れた遙かな世界へ、タケルは仲間たちと共に旅立とうとしている。
―――なのに、不思議だね。
今は、この星から離れることが、少しつらい。
見晴るかす大海原の向こう、氷で閉ざされた世界に、彼の半身は眠る。
十七という決して長くはない年月(としつき)を、苛烈なまでの重みで生き抜いた。分かち合うことすら出来なかった様々な痛みをただ一身に背負い、冷たくも美しい世界に身体を埋めた。
その生き様と何物にも屈しなかった強い意志と命がけで護ったねがいを、ただ一人血を分けた弟に残して。
氷点はその容貌を永遠に違えることなく、今なお彼の躯を抱き続けている。
季節は巡る。彼を置き去りにして。
タケルは手を伸ばし、紺碧の空を仰ぎ見た。折り重なり、千切れては流れてゆく白い雲と、風を切って飛ぶ鳥たちと。
太陽の下、世界はこんなにも美しい。人を愛し、世界を愛した。
彼には、光あふれる世界こそがふさわしいと思えるのに。
だからこそ、とタケルは伸ばした指先を、今度は強く握り締めた。
彼が自分に託したねがいは、自分の中で血肉を伴って既に息づいている。人が人らしく幸せであること。おそらくは彼自身が身を置くことを望んだであろう光に満ちた世界。それを護る、その為に自分はこの空の彼方へと向かうのだ。
タケルは目を閉じて波頭が砕ける音を聞く。
後方で彼を呼ぶ声に再び開かれた目には、新たな決意が生んだ強い光が宿っていた。
終
お題を頂いてるんですが、こっちが先に上がったのでアップ。
ケレスへ行ったのはどの辺の季節だったのでしょう。
きっとうそっぱち書いてると思いますがご容赦を。
きり
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