紫陽花と雨 双子のお誕生日記念小説

紫陽花と雨

きり


 

「よく降るなぁ」

 窓の外に視線をやり、深いため息を吐き出して誰にともなく呟く。

 硝子越し、見上げるのは暗鬱とした雨空だ。梅雨入りしてからこちら、雨は止む気配を見せずに降り続いている。

 今日ぐらいは晴れてほしかったと、口にはしなかった願いに言葉尻をつかまえられて、些か不機嫌な声音になったらしい。冷たいコーラを差し出した双子の兄が宥めるように、受け取った彼の髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。

「退屈なのもあと少しだ。七時にはみんな来るって言ってたんだろう?」

 同じ日に生まれた一卵性の双子でありながら、年齢よりも大人びた印象を持つ兄――マーグは、天候など意に介さないかのような優しい笑みを浮かべている。

 明るく降り注ぐ太陽を恋しがって思わず漏らした呟き。今までは幼く拗ねる自分を彼の前では許せたが、今日で十九になるという自覚に起因する気恥ずかしさはぬぐい難く、マーグの笑顔につられるように明神タケルは苦笑した。

 誕生日パーティをしようと言い出したのは友人たちで、場所を提供してくれたのはマーグの両親、イデアとアイーダだった。昼過ぎ、マーグの本棚を漁るべくここを訪れたタケルは、読みたかったものを一通り読んでしまうとあとは手持ち無沙汰で、約束の時間まで暇を持て余していた。

 今朝方から降りだした雨は勢いもなく、ただ静かに木々や葉を濡らしている。

 アイーダが去年挿し木した青い紫陽花が庭にいくつもの小さな傘を咲かせていた。雨降る下、雫に濡れてひっそりと咲き誇るのを眺めながら、この花は雨が似合うのだと、柄にもなくそんなことを思った。

 窓辺で物思いに耽る傍らで、マーグが雑誌に眼を通している。

 やわらかなソファの背にもたれ、それでも崩れないきれいな姿勢。

「『武道でもやってるのか?』って聞かれた」
「…何?」

 唐突に投げかけた言葉に遅れて反応し、マーグが手元から顔を上げて碧色の視線を寄越す。

「姿勢。いつもそうやって背中伸ばしてるからさ。マーグは何か武道でもやってるのか、って」
「へぇ、誰がそんなこと聞いたの」
「えーと…誰だっけな。通り掛かりに声かけられて」

 広いキャンパスの一角。木陰のベンチに腰掛けてペーパーバックを読んでいた男に、行き交う人々は自然に焦点を当てていた。目鼻立ちのすっきりと整った端正な男は、いつでも何処でも人の眼を引くのだ。

「もてるねぇ」
「何言ってる。俺とお前は基本的には同じだろう」
「外見で兄弟だと思うやつはいないよ。『兄弟』として育った訳じゃないし。知ってるのは限られた人たちだけだし」

 タケルは生まれてすぐ、こどものなかった明神夫妻の元へ養子に出された。マーグの家とは家族ぐるみの付き合いで、同じ年のマーグとは兄弟のようにして育ってはきたのだが、まさか本当に兄弟だと知ったときは衝撃で声も出なかった。育ててくれた明神の両親が好きだったから、当初は消極的な反発しか出来なかった。タケルは一時期、どちらの親に対しても笑いかけることさえ出来なくなったのだ。

 知ったのは中学へ上がってすぐの頃。切っ掛けはなんだったろう。だがそれは、思考も行動も驚くほど似ていた二人の、いずれは避けられない運命のようなものだったのかもしれないと、今ではそんなふうにも思う。

「外側に意味なんてないさ。髪や眼の色が違っても、住んでる場所が違っても。…俺たちは、他人が思うよりもずっと兄弟だと思うよ」

 翠の髪と碧い瞳。髪も眼も褐色の自分とはまるで違う。反発しか抱けなかったタケルがそれでも兄弟なのだと納得出来たのは、離れて暮らしていた自分たちが実は双子だったのだと気付いた時点で、その事実を積極的に受け入れ、その上でこれまでと何一つ態度を変えなかったマーグの努力と、否定しようのない内側に宿る感覚に因るものだった。

 時にマーグの感情を肌の内側に感じ、痛みを感じた。何かに付け、元はひとりの人間だったのだと思わずにはいられなかった。

 十九年間、ずっと一緒に歩いてきたタケルの半身。
 生まれる前から手を繋いでいた、もうひとりの自分。

 そして、もうひとつ。

 

 真実を知って混乱していたこころに、そっと寄り添ってくれた少女のぬくもり――。

 

「そうそ。やっぱり俺たちって兄弟だよな。お兄さまに似て、おまえもちゃんともてるもんな」
「え!?」
「綺麗な碧い瞳の、うちのお姫さま」

 にやにやとした兄の言葉に、思い浮かべるのは同い年のガールフレンドだ。事故で両親を失った彼女は、妹と共にこの家で世話になっている。――今、とても大事なひと。

「シンクロしやがったな!?」
「おまえの考えてることなんて全部お見通しだ、よっ」

 飛んできたクッションを慌てて受け止めると、素早く身を翻したマーグはソファを飛び越え、くつくつと喰えない笑みをこぼしてドアの向こうへと消えていった。

 ひとり部屋に残されたタケルはクッションをソファの上に放り投げ、また少し伸びた髪をかき上げる。本格的に暑くなる前に、また短く切ろうか。やがては降り続ける雨もやんで、まぶしい太陽が頭上で輝く季節になる。

 

 もうすぐ、雨はやむ。

 

 窓の向こう、千切れ始めた雲間から光が射し始めた。紫陽花の鮮やかな青。葉の上をすべる雨の雫。雨期の誕生日をこんなにも美しいと思ったのは、これが初めてかもしれない。

 生まれてきたことをこんなにも感謝したのも――。

 

 雨音も消えて、淡く黄昏に染まる空。こぼれる陽光に眼を細めたタケルの耳に、玄関ホールのざわめきが届き始めた。

 

 

終わり


 
やっと書き上がった――!
情けないことに一年がかり。
ネタは実は去年、みまな杏鴣さんが下さったものだったりして。
ごめんね、杏鴣さん。やっと日の目見ました。

内容は激しくニセモノです。あはは。
マイ設定の青春ものなので、分かりづらいところも多々あるかと思われます。
あぁ、ごめんなさい!

マーグ・マーズ、お誕生日おめでとう。Love.

きり
2001.6.16 

 

 Index Novels
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送