08Palace

宮殿にて

ゼーロンさま


「全く、本当にムカツクわ!」
「むかつくって、何が?バレン」

 昼下がりの宮殿内の長い回廊を歩きながら会話している二人の女性がいた。この広大な宮殿内において、人の気配は全く感じられない。死の静寂すら漂っている。それもこの宮殿の主にして、この星系の唯一絶対的な支配者である皇帝が静寂と沈黙を好んだからである。だが、それも気にせず会話が続けられた。まるでそれを知っていて、わざと沈黙をかき乱すように。

「何がって!?グール!あの女の事に決まってるでしょ?」

 炎のような髪を持つバレンと呼ばれる女性が、その長い髪を振り乱して苛立っていた。

「どうして、あの女が我等超能力者の取り締まりをするのよ!」
「理由は簡単よ。バレン。彼女の方が我等より能力が上だからよ」

 冷静そのままに落ち着き払ってその質問に答えるグールがいた。バレンの赤い髪と正反対に水のような髪を持つ彼女は、スラッとした長身で引き締った身体つきをしていた。バレンが一瞬、真実を突かれ答えに詰まったところを見て、さらにグールが続けた。

「この前の御前試合の結果はあなたも知っているはず。彼女はその優勝者であり、我等は彼女の足元にさえ及ばなかった」
「確かに…」

 渋々バレンがその事実を認めた。

「実際、あの試合は見事としか言えなかった。いえ、むしろあんなに美しく優雅な技を見たのは、生まれて初めてだった。皇帝陛下もいたくご満悦だったし」

 まるで、その光景を今見ているかのようにグールが答えた。

「ロゼの推薦をしたワール司令官も、さぞかし鼻が高かったでしょうね?」

 含みを持たせてバレンが続けた。しかし、それに答えることなくグールが続ける。

「バレン。あなたが気に入らないのは、彼女の額飾りのことね?」

 その一言はまたバレンを激昂させた。

「そうよ!何であの辺境出身の女があれをつける権利があるのよ!?あの額飾りは、この星系中心の本星であるギシン星の高貴な家柄の出身者しか許されないのよ」
「それと高い位につく者だけにしか…ね」

 とグールはバレンの認識の一部に正しい事実を言い添えた。やはり、それが原因かと内心苦笑した。確かに、他惑星出身の彼女が自分より上にいるのは、生粋のギシン星出身である彼女にとっては面白くない事だろう。現にその考えを持つ者は、大勢軍部にいる。だが、一部の偏見により、間違った知識を持ったままいるのは、バレンにとってこれから不都合だろう。これも良い機会だ。彼女を正しい方向に導かなくてはならない。

「確かにロゼはこのギシン星の出身ではないわ。8番惑星が彼女の故郷よ。ある人から聞いたけど、彼女はかの星でも非常に高貴な家柄の出身で、古くさかのぼれば、皇帝家ともその血の繋がりがあるらしいわ」
「何ですって!皇帝家とはこの星の?」
「そう。但しこの事はくれぐれも内密に。バレン」

 とグールが釘をさした。

「この事実を知っているのは、最も皇帝陛下に近い一部の貴族と、高官だけしか知らないことだから」
「…わかった…」

 あまりの事実にバレンは力なく答えた。.

 ちょっと刺激が強すぎたかしら。でも仕方ないわね。事実は事実なんだから。とグールは傍らにいるバレンに眼を向けながら思った。実際、彼女にとっても、その事実を聞かされたときは衝撃だった。今、彼女の脳裏にそれらの出来事が鮮やかによみがえってきた。

 

 

 ワール司令から直々に呼ばれ、司令官室に入ると、そこには見知らぬ少女がいた。ギシン星でも珍しい緑の髪を持ち、金色の額飾りを着けているところを見れば、かなりの高官だろう。しかし、優れた精神感応者である彼女は、また別に眼に見えないものも彼女から感じていた。

 なんて、女なんだろう。この女からは戦場の匂いがする。血、傷、怒号、野営、戦友、勝利、敗走、死。そして戦士としての誇り。まだ年端のいかぬ子供のくせに、老兵のように戦場をそして戦の全てを知り尽くしている。まるで戦女神(いくさめがみ)のようだ。

「司令、お召しにより参上いたしました。何か御用でしょうか?」

 グールはわざと少女を無視し、司令に問い掛けたが、その間、何があっても良いようにと彼女の間合いを保っていた。

「ん。急に呼びだてしてすまなかったな」

 と机上の端末画面で情報を閲覧しているのだろう。グールと眼を合わせることなくワールは答えた。

「君とは初対面だったな。紹介しよう。ロゼだ。これから君ら超能力者の取り締まりを任せることになった」

「は?」

 あまりの突飛な事に思わず、グールは声を発していた。

「正式な通達は明日にでもなされる。その前に、彼女を連れてこの城内を案内してくれないか?」

 ワールは机上の一枚のプレートを取って、グールに見せた。それは正式な任官証であった。皇帝の御璽まであった。

「ロゼと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」

 ロゼが初めてグ−ルに礼儀を失うことなく、声をかけた。だがその礼儀正しさの裏には洗練の域にまで高められた侮蔑があった。グールは、その貴族独特な慇懃無礼な挨拶に己が出身を見透かされたようで腹が立った。

「着任が明日であれば、明日になされば宜しいでしょう?」

 グールは怒りを抑えて言った。

「そうもいかんのだよ。グール」

 なだめるようにワールが言った。

「皇帝陛下直々のお達しでね。一族の血に連なる旧き我が一門にはそれなりの扱いをするように。とな」
「我が一門…」

 これは彼女を沈黙させるには十分すぎる事であった。

「それにな、彼女は今まで辺境のあの一族の鎮圧から帰還したばかりだ」
「あの一族?あの戦闘民族ですか?確か3ケ月前に精鋭部隊が派遣され、後連絡が途絶えたと伺っていますが?」
「それは全て作戦です」ロゼが淡々と説明した。「かの一族は全て殲滅しました。老人から子供まで、一人残らず。但し、一族の長たる王までは力及ばず、封印しかできませんでしたが…」

 その顔には何の感情も読み取れなかった。

「我が方の損失も大きかったがな」

 ワールは小さくため息をついた。

「我が軍が誇る屈強の精鋭部隊がロゼを含めたったの2人しか生き残らなかった。たったの2人だぞ。そしてその生存者らも瀕死の重傷だった」
「ご期待に添えず、申し訳ありませんでした」
「いや。結果的には、懸案であるあの一族をやっと葬り去ることができたのだ。多少の犠牲はいた仕方あるまい。彼女の昇進はその功績に対することが大きい。ところでもう傷は良いのか。ロゼ?」
「はい。問題ありません」

 グールは2人の会話を聞きながら、寒気がしていた。あの一族を殲滅することができるなんて。

 この星の人間でその一族を知らない者はいなかった。ギシン星系の辺境に古くから存在し、脅威であった一族。度々他の星星に戦いを求め、無益な争いと破壊を齎す災いのような一族。創造する文化は持たず、その一族にとって戦闘こそが文化、破壊こそがその生きるための喜びであった。そして基盤となるものは「力」、絶対的な力の階級制度が成り立っていた。
 噂によれば、その頂点に立つ王はこの星の皇帝にも勝るとも劣らない力を有していたという。

 ギシン星始まって以来の無敵の部隊。それが、この精鋭部隊であった。無敗部隊、死神も恐れるもののふたちの集まり。兵士達からは畏敬と恐れを持ってその名を呼ばれていた。その精鋭部隊が2名の生存者を残して全滅。最も精鋭部隊というのは名目上だけで、実は軍の厄介者や他惑星のスパイ容疑者を試すための部隊というまことしやかな噂もあった。あの一族には過去何度も討伐部隊が派遣されている。しかし、今まで一度も勝利を挙げたことがなかった。想像を絶する戦いが繰り広げられたはずだ。

 ではロゼの他にもう一人生き残った、稀有な実力の持ち主は誰なのだろう?

「一つ質問しても宜しいでしょうか?司令?」
「ん?何だ?」
「もう一人の生存者とは誰なのです?」

 その時、無表情なロゼの瞳が反応した。初めてグールと瞳を合わせた。深い蒼。触れれば手が切れるような冷たさを持つ湖のようだ。伝説の戦女神の瞳。グールの質問にワールは苦虫を噛み潰したような表情をみせると一言、言い捨てた。

「ジャスティンだ」
「…黄金の獅子王ですか…」

 

 

「どうしたの。グール?」

 バレンが心配そうに覗き込んだ。

「え?何?」
「何がじゃないわよ。急に深刻な顔して黙りこむんだもの。何かあったの?」
「何でもないわ。バレン」
「ところで、グール。知ってる?今、軍内部は右往左往の大騒ぎだって」
「え?どういうこと?」
「今我が軍は貴重な精鋭部隊を失って、戦力に重大な影響が出始めているらしいんだって。各星系の戦況は芳しく無いそうよ。何せ、あの部隊一人一人が惑星艦隊級の実力の持ち主でしょ?何故、あの部隊が解散したのかって」
「解散?」
「そう、約1年前だって。それが今頃になって漏れてきた。裏で絶対何かあったと思わない?」

1年前、ちょうどロゼがこの城内に着任した頃だ。

「解散するなら、理由がある訳でしょ?その理由は?」
「不明よ」
「不明?」
「一切が不明。極秘事項。部隊に所属していた兵らの動向も不明。最もその兵らの名すら極秘事項だから、例え彼らが近くにいても判らないけどね」

 上層部は何を考えているのだろう?今までなら例え残った兵が2名でも、足らない分を補充し部隊を立て直したはずだ。それに、あの戦闘民族を殲滅したことを隠蔽するのもおかしい。むしろ公に発表すれば、市民への良い知らせにもなる。実に喜ばしい一件なはずだ。

 おかしい。何か大きなことが裏で起きている気がする。それも、この星の運命を変えるような。

 その時、グールは今までに感じたことがない、力を持つ者のけはいを感じた。

 振り向くと後ろに人影が見えた。迂闊だ。気づかない内に、こんな近くまで接近を許すなんて。それがゆらりと近づいてくる。咄嗟に、身構えた。

「とり…、鳥…どこ?」

 ゆらゆらと近づいてくる人影は青年だった。だが、目元の視点も定まらず、歩くさまはまるでこの世の人のものではなかった。

『人智を越えるもの。すべからくこの世のものでなく、』

 この星に伝わる妖魔についての古い言い伝えをグールは思い出していた。

『地下に住まう美しき闇の一族。妖魔。神よりも古く、光よりも美しい禍禍しき一族』

 そして実際、彼は妖魔のごとく美しかった。日の光を嫌い地下に住まう妖魔のような白い肌。息を飲むような端麗さを持つ顔立ち。

「大丈夫よ。グール。彼は危害なんか加えやしないわよ」

 バレンがくすくす笑いながら、肩をたたく。青年は、二人のことなど視界に入っておらず、間を通り抜けると見えぬ鳥を追い求めてゆらゆらと歩き去った。

「誰、あれ?」

 やっとの思いでグールが口を開いた。あのけはいはなんだったんだろう。確かにあの青年のものと思ったのに。

「あれが有名な先の科学技術長官のご子息、マーグよ」

 なおもバレンがクスクスと笑っている。

「ああ、あの」

 噂には、聞いたことがある非常に優秀な人材だったが、確か反逆罪で17年前に公開処刑された人物だ。

「7年前に母親の死を間近に見て以来、あのご乱心よ。全く貴族っていうのは、良いご身分よね」
「でも、どうしてこの城にいるの?」
「さあ、私は知らないわ。グール。あなたの方が知っているんじゃないの?それより、早く作戦室に行かないとまた、あのお嬢さまに怒られるわよ。今日は何か重大な作戦の発表があるらしいから」
「ええ」

 まだ納得のいかないグールをバレンが急き立てて、二人は足早に去っていた。

 あとに残されたのは、妖魔のような青年だけだった。そして辺りには静寂が水のように満ちてきていた。青年は、口の端を心もち上に上げた。見ようによっては微笑みを浮かべているようにも見えるが、その瞳には強い光が宿っていた。

「発火能力と変身能力だけ。それでは、君はこれから先、生き延びてはいけないな」

 青年は独り呟いた。

「これから君らが戦う相手は、私の半身だからな」

 青年は真っ直ぐ、前を見据えた。その瞳も蒼。真昼の空のような。彼が腕を上に差し出すと、何処からともなく小鳥がその指に舞い降りてきた。彼はじつに優美な仕草で腕を引き寄せると、小鳥に話しかけた。

「さすがに、お姉さまは鋭かったな。私のけはいに気づくとは。でもそこまでだね。君らが参加する作戦の舞台となるのはここより遥かな惑星、地球。そして、そこには我が半身とそれを守護する者がいる。状況はあの戦闘種族の討伐より不利だ。盾となり、先発となる精鋭部隊も今は無いのだから」

 彼はふと何かに気がついたように、その蒼い瞳をあげた。虹彩が光となった。

「ロゼか…。できれば出会いたくないな…」

 彼はその身にまとうマントを翻すと、歩き出した。

「だが、もし出会うことがさだめならば、これから先、我等は出会うだろう」

 彼は立ち止ると上を見上げた。そこにあるのは牢獄のごとき高い天井だったが、彼の目はそこより遥かな場所を捉えていた。彼の半身が住まう青い星が、彼の蒼い瞳に重なる。

「そう、いつかきっと会うことになる私の半身のように。出会わなければ、ならないのなら…」

 

−宮殿にて− 終


また、調子に乗って書いてしまいました。
一応、私なりのギシン星編のサイドストーリーです。
今回、DVDを見ているうちに、むくむくと創作意欲が湧いてきて一気に書いてしまったのです。
これは、本編では描かれていないロゼの過去や生い立ちについて自分なりに想像したものです。
マルメロ星編や地球編も好きですが、やはり一番ギシン星編が好きです。
その理由の一つに舞台設定がちょっとファンタジーぽいところです。
皇帝しかり、服装しかり。
マルメロ星のそれは割と地球に似ていたので、私のツボに、はまりませんでした。
でも、なんだか、こうやってまたGMの世界に、どんどんのめり込んでいく自分が怖いです。
管理人さま。いつもご好意に甘えさせて頂いて大変感謝しています。
こんな私ですが、これからもよろしくお願いいたします。
                               ゼーロン

 
ロゼファンの視点から書かれた彼女の背景。
自分では想像も着かなかった内容で、大変楽しんで読ませていただきました。
最後に登場する兄もね〜、かっこいいっすよ!
もうこの時点で、彼は自分や他の人々の未来を見ていたのだなと思うと、
ちょっとせつなくなっちゃいました。
ありがとうございました。   きり

 

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