MOONSTONE ゼーロンさま

 

MOONSTONE

ゼーロンさま


 

 目に写る景色全てが木々の花々であった。それは今が満開の盛り、馥郁たる香りで辺りがむせ返る。己自身も、花と化すようであった。
 
「見事なものだ。こんな景色は初めてみる」
 
 ようやく言葉が口について出てくる。言葉というのは何とまどろこしいものであろう。頭上はるかの花々から梳けた陽光に手をかざし、目を細めながらマーズが言う。
 
「この森はこの星の名所ですから。星系の中でも屈指の名所です」
 
 ロゼがマーズの背後から言い添える。
 
「本当にこの森が消えなくて良かった。あなたの力が無ければ、今頃ここは戦火に飲まれ燃え尽くされていたことでしょう」
「俺だけの力ではないよ。ロゼ。この星の人々、そして君の力がなければ」
 
 マーズは笑って応える。そして、改めて思う。本当に戦いにならなくて良かった。血まみれな憎しみと殺し合い、瓦礫の街、焦げた森、死者を送る煙、泣き叫ぶ大人、泣けない子供の姿。それらを見る事が無くなり、彼は心より安堵する。
 二度と戦いは見たくないと思うのに、この平和な星系内でも年に一、二度、忘れた頃にその兆しは現れる。人の心より争いは無くなることはないのか?人の心より憎しみは無くなることはないのか?愛と憎しみは互いを半身とするものなのか?それは永久に続くものなのか?
 花々が彼の心に郷愁を呼び戻す。
 地球は大丈夫だろうか?一抹の不安が彼の心をよぎる。
 
「マーズ。どうかして?」
 
 ロゼが彼の心をよぎった影に気付く。心配そうに彼を見ている。
 
「いや。何でもない。この花々を見ていると、つい地球の桜を思い出したんだ」
「SAKURA?」
 
 彼女が発音する彼の育った星、地球の言葉はまるで歌のようだ。マーズは思う。二人が普段話す言葉は、彼の生まれた星の言葉が主であった。時には言葉を交わさず、直接思いを通わすこともある。二人にとっては馴染みのある力にて。
 
「桜、花の名前さ。俺の育った地では、この花を古来よりどの花よりも愛していたんだ。君にもいつか見せてあげよう。特に散り際が見事なんだ」
 
 マーズは振返り、彼女の蒼い瞳を見ながら言う。
 満開の花々を背に佇む彼女は、まるで春の女神、花の精のようだ。
 その時、薄い桜色の霞が彼女を包み、姿を隠した。
 
「ロゼ!」
 
 彼の声を時の声とし、風がふき一斉に花びらを散らす。
 
「マーズ。良い時に巡り合いましたね。この花散る時を見られるなんて、とても幸運ですよ」
 
 いつのまにかロゼが彼の傍らにいる。
 豪奢な花びらの風が木々の枝を通り、空に向けて散っていく。青い空が一面、花の色に染まる。花吹雪に覆われる花園。
 
「あなたが言うSAKURAの散り際もこういう感じなのでしょう?」
 
 ロゼが言う。
 
「ああ」
 
 マーズはむせ返る花の香りと花びらの雲に囚われていた。
 風は辺り一面の木々の枝を揺らし駆け抜け、花びらを誘いながら天上へと登って行く。
 
「移ろい行くものに心をとらわれてはいけない。心までとらわれてしまうから…」
 
 ロゼが風に舞う花びらを手のひらに受けとめながら、囁いていた。
 

 ウツロイユクモノニココロヲトラワレテハナラヌ。ココロマデトラワレルユエ。
 

「ロゼ。…それは君の言葉?」
「え?」
 
 一瞬、彼女が見ず知らずの人にマーズは見えた。蒼い瞳が朧気に霞み、遠い過去の呼び声が彼女を呼ぶ。彼が知らない彼女。彼が知らない彼女の過去。しかし、それも束の間、程なくしてあつめた花びらを舞わせながら、いつもの彼女の声音に戻っていた。
 
「いえ。違う…。昔、誰かが教えてくれた言葉…」
 
 舞い散る薄い花びらの壁が彼女と彼を阻んでいた。それは薄い壁でありながら、めぐる星星の距離よりも遥か遠く、彼女との間を阻めている気がした。まるで、彼女が星の光のごとく、目には見えながら、手を伸ばしても決して届かぬように。

 

 ウツロイユクモノニココロヲトラワレテハナラヌ。ココロマデトラワレルユエ。

 

「マーズ?」
 
 背後から彼の逞しい腕が彼女を抱く。
 
「今、一瞬君が見知らぬ人に見えた。そして、俺を置いてどこかに行こうとした。俺を一人残して」
 
 マーズがロゼのうなじに顔を埋めながら言う。
 
「私はそんな事はしない。判っているでしょう?」
「いや。一度だけあった。一度だけ俺の言葉を拒んだ」
 
 花びらの帯が二人を包んでいく。
 
「そんな事があったかしら?」
 
 彼女は答える。
 
「忘れたとは言わさないぞ。俺が母星でズールを倒した後、一緒に地球に行こうと言っただろう?その時、君は何て言った?」
 
 彼女の答えに少々憤慨して、マーズは強く言う。
 
「…私はここに残るわ…」
 
 あの時と同じ言葉が、彼を締め付ける。二度と聞きたくない言葉、彼を取り残す言葉、彼女が彼から離れていく言葉。
 
「そう言った。そう言って君は母星に留まり、俺は地球へと戻った。忘れるはずもない」
「でも、今はあなたの傍にいるでしょう?」
「そうだな…」
 
 花びらは空を覆い、地を隠す。
この胸騒ぎは何だ?この心許なさは?今こうして、君は俺の腕の中にいるというのに…。
 大事なものほど、俺の元から離れてしまうような気がする。掌ですくった水が指から零れ落ちるように。
 
「あなたは、何でも心配しすぎます。大丈夫。あなたを置いてどこにも行きません」
 
 ロゼは笑って言う。
 
「行く時は、ちゃんと断って行きますから」
 
 そう言って笑う彼女の身体の振動が伝わってくる。彼女の身体の温もりとともに。
 
「じゃあ。俺が許さなかったらどうする?」
「それは困りましたね。では、ずっとあなたの傍にいる事にしましょう」
「是非、そうしてくれ」
 
 そう言って二人は笑った。
 心地よい笑い声が花びらの風に融けていく。二人の声が歌となり、風となり木々を揺らし、この地をこの星を巡っていった。
 やがて二人の祝福を受けたこの星は、花々と共に咲き誇り、やすらぎに満ちていくだろう。いつか、宇宙の間に星の光よりも美しい花を咲かすことを夢見ながら。
 
 
 
The End


お誕生日と全快祝い(左肘)、ということで頂きました。
小曽根真氏の曲「MOONSTONE」にインスパイアされたのだとか。
うわぁぁぁ〜〜〜〜。
なんともらぶらぶなお話でありませんか!
文句なしのタケロゼです。いやっほぅ!!
ゼーロンさん、ありがとうございました。
ここしばらくタケロゼ不足だったもので、
すんごく嬉しかったです。
 
2002.4.10 きり
 

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