truth
ゆみ58さま

 

 

 

 

 

 

 緑の髪をした美しい青年は遙か空の彼方を見上げてたたずんでいた。
 
 何度かのレジスタンスの大規模制圧に成功したロゼは、この日初めて城に参内し、皇帝から直接、戦闘隊長の辞令を賜った。
 その興奮はさめやらず、彼女は外の空気を求めた。
 
 広大な皇城の一角に、ひとけのないバルコニーを見つけ、装飾の施された大柱をまわりこんだとき、そこに彼はいた。
 彼は彼女の存在にまだ気づいていない。
 
 透けるような白い肌、緑色のつややかな髪、すらりと長い手足と華奢な体躯。
 少女と見違うばかりの端正な顔立ちは、どこか憂いを帯び、瑠璃の瞳を夜色の長いまつげが縁取っている。
 
 噂に聞いたことがある。
 皇帝の居城に棲まう美しき籠の鳥・・・。
 
 反逆罪で処刑された前科学長官イデアの息子、確か名はマーグといったか・・・。
 両親の死のショックで発狂し、なにも物事を理解しえないと聞いているが、とてもそのようには見えない。
 むしろ、空の一点を見定め何かを懸命に念じているように思える。
 何を・・・?
 ロゼがテレパシーの触手を延ばしかけようとしたとき、彼は彼女の存在に気づいてふり向いた。
 偶然か、それとも?
 彼は、訝しむロゼの方に歩み寄ってきた。
 青く澄んだ瞳の焦点は合わず、足取りもどこか頼りない。
 ロゼの前に立ち、彼女の顔を何の遠慮もなくしげしげと見つめると、突如幼児のように無垢な微笑みをうかべた。
「ねえ、ぼくの鳥さん見た?」
 何も答える必要はないと思いながらも、ロゼは口を開いていた。
「いいえ。見なかったわ。」
 美しい青年はもうこちらを見ていない。
 もうその瞳は何も映していない。
「鳥、鳥さん、どこ?どこへいったの?」 
 歌うような声に呼ばれたのか、小さな青い鳥がどこからともなく羽ばたいてきた。
 彼は嬉しそうに小鳥を華奢な指にとめ、くるくると舞いながら去っていった。
 
 哀れな・・・自分こそが美しさ故にとらわれた籠の鳥とも気づかぬとは・・・。
 しかし籠の鳥が自然に還っても、自ら生きていくことはできない。
ここできらびやかな服と食事にありつけるだけ幸せというものか・・・。
 
 ロゼはそれきりその美しい青年のことを忘れていた。
 
 青い液体で満たされた洗脳装置に、生まれたままの姿で浮かぶ彼を見るまでは・・・。

 

 

 

 

「マーグ隊長。私は副官のロゼです。」
「隊長?俺が?・・・何も思い出せない。」
「隊長は過去をお捨てになったのです。未来に生きるために・・・。」
 
 ロゼに下された新しい任務は、ギシン星の敵マーズの双子の兄、マーグの副官であった。 しかしそれはあくまで表向きである。
 真の任務は反逆を試み洗脳されたマーグに常に寄り添い、洗脳状態を管理し、彼とマーズを戦わせること。
 常に・・・作戦中はもちろん、プライベートにおいても一日中監視を続けること。
 

 緑の髪の麗人はロゼをはじめ全ての兵士の予想に反して、抜きんでて優秀な軍人であった。
 細やかな神経と天才的な頭脳は戦略や戦術だけでなく、兵士達の扱いにおいても存分に発揮され、彼は瞬く間に戦闘隊長としてのゆるぎない信頼を得ていた。
 聡明にして冷徹無比。
 それがギシン星軍部でのマーグへの一致した評価であった。
 
 しかし、ロゼだけは全く別の彼を知っていた。
 
 彼はどこまでも優しく愛情深く、そして悲しかった。
 
 ロゼは、彼の健やかな寝息を聞きながらその傍らに眠るとき、まるで子どもの頃に生まれ育った家でまどろむかのような安らぎを感じた。
 
 彼が眠りの中で自らの記憶と施された洗脳がせめぎあい、苦しげにうなされるとき、ロゼはそれをなだめるかのように洗脳を修正し強化した。
 
 何も考えることはない、悩むことはない、あなたはマーズを倒せばよい。
 そうすればこの苦しみから逃れられる。
 だから眠りなさい・・・マーグ・・・。
 眠りなさい・・・私が胸に抱いていてあげるから・・・。
 
 そして彼は再び美しい面立ちに微笑を浮かべ安らかな寝息をたてはじめる。
 
 ロゼがマーグの副官の任に着いたその夜。
 彼女は彼の唇に口づけると、彼はただ穏やかにそれを受け入れた。
 彼女になされるがままにローブを脱がされる様子も、滑らかできめ細かい肌も、無垢な瞳も、全て赤子のそれのようであった。
 ロゼはさらなる洗脳を慎重に施しながら彼と体を重ねた。
 女の私にしかできない貴重な任務。
 彼女は何のためらいもなくその任務を遂行した。
 次の日も、そしてその次の日も・・・。

 

 

 

 

 ある夜、彼は、初めて激しく彼女を求めた。
 彼が「マーズ」と遭遇した日の夜だった。
 
 彼のこの激情はマーズを仕留められなかった悔しさからだろうか。
 彼女は熱い息づかいの中、途切れ途切れに考えていた。
 しかしその情熱の波が引いていく瞬間、彼女の心に流れ込んだのは、彼のとてつもない悲しみであった。
 洗脳が解けたのか?
 彼女ははっとして急ぎ彼の精神をスキャンしてみる。
 解けてはいなかった。
 洗脳直後より、むしろそれは彼の人格と複雑に絡まり合い、日ごとの彼女の催眠暗示は、より完璧に彼をバトルマシンとして仕立て上げていた。
 ではなぜ?
 彼の「魂」が嘆き悲しんでいるとでもいうのだろうか。
 脳内システムではなく、精神ではなく、神霊的に純粋に彼の「魂」が・・・。
 彼の悲しみの源を捜索するうちに、彼女はその深い悲しみに同調してしまった。
 ロゼの青い瞳から透きとおった涙が我知らずこぼれ落ちていた。
 涙でぼやける視界に映ったのは彼女と同じ青い瞳であった。
 彼のその青い瞳は濡れてはいなかった。
「どうしたの、ロゼ?」
 甘く優しい声が問いかける。
 細く形の整った指が彼女の涙を拭う。
 彼は彼自身の「魂」の悲しみに気づいていないのか?
 あれ程の深い悲しみをその魂に抱えながら、そしてバトルマシンとして完璧に洗脳されながらも、彼は何故こんなにも他人に優しくできるのか。
 
 あまりにも優しすぎる・・・ギシン星の戦士として生きていくにはあまりにも・・・。
 
 ロゼは、戦士となる代償に支払ってしまったものを思い出した。
 洗脳など受けずとも、自らあっさりと捨て去ったもの。
 人を愛おしむ心。
 その懐かしくも畏ろしい響きに、己が囚われぬように、今度は彼女が彼を激しく求めた。
 なにもかも忘れられるように・・・。

 

 

 

 

 地球攻略のための前線基地は土星に建設されていた。
 レーダー室の当番兵をのぞき、すべての兵士達には休息命令を出してある。
 地球からの大規模襲撃はありえない。
 あの星にはそれほどの戦力はどこにもないのだ。
 忌まわしき裏切り者マーズの操る六体のロボットをのぞいては・・・。
 
 自室に見あたらないマーグの姿を探していたロゼは、人気のないブリッジの司令席に彼を見つけた。
 彼は疲れ果てて眠っていた。
 整った顔立ちは少しやつれ、繊細な彼の美しさをさらに臈長けて神秘的なものにさえしていた。
 ロゼはこの日、地球攻略の重大任務に失敗した。
 ズール皇帝軍において、それは即、処刑を意味していた。
 激高しながら刑を宣告する皇帝の前で、マーグは堂々と彼女の助命を申し出た。
 なぜそんなことを?
 失敗を犯した部下の命などなんの価値もないはず。
 それをかばって皇帝の怒りをかえば、あなたの命まであやうくなるというのに。
「ロゼ、俺には君が必要だ。まだ君には副官としていろいろと教えてもらわねばならない。」 彼は澄んだ瞳で彼女を見つめ、いつもの優しい声でそう言った。
 その言葉が今また彼女の脳裏をかすめる。
 
 そのとき、大きな司令席に崩れるように眠る彼が、その美しい柳眉を激しくひそめた。
「うっ・・・。」
 苦しげなうめき声がかすかにブリッジに響く。
 ロゼは彼の額にそっと手を当てた。
 
(マーグ、眠りなさい。何も考えなくていい。何も悩まなくていいのよ。)
 いつものように彼女は洗脳の強化を試み、彼の心の葛藤と動揺をおさえる。
(眠りなさい、マーグ。もっと深くゆっくりと・・・。)
 ロゼに導かれて眠りにおちていたはずのマーグが、その美しい唇を動かした。
「ありがとう。ロゼ・・・。」
「!?」
 反射的に手を離し、一瞬その場に立ちすくむロゼ。
 しかし彼はもう穏やかに安定した寝息をたてていた。
 ロゼは愕然とした。
 彼は気づいていたのだ。
 私が洗脳のほころびを繕い続けていることを。  
 
 激しい目眩がロゼを襲った。
 
 洗脳自体は解けてはいない。
 彼は彼自身の出自や過去に関して全く記憶を失っている。
 しかし、この美しい人はすべてを知って私を傍らに置いていたというのか。
 私があなたを操りつづけていたことを知ってなお、私の命を請うたというのか。
 激しい精神的ショックが今日一日の疲れを一気に溢れ出させ、ロゼは立っていられなくなった。
 すぐ側の副官席にやっとのことで手を伸ばし倒れるように座り込む。
 頭が割れるように痛い・・・。
 
 早くマーズを倒してしまわなければ。
 私は、私たちは狂ってしまうかもしれない・・・。

 

 

 

 
 地球人は南極にワープカタパルトを完成させたという。
 いよいよ明日は総力戦をかける。
 もう負けることも引くことも出来ない。
 何より今度こそ、マーズを抹殺しなければならない。
 そうすれば地球などは反陽子爆弾の爆発によって宇宙の藻くずと消える。
 
 最終作戦会議の後、ロゼはいつものようにマーグに付き添い、彼の自室へ続く廊下を歩いていた。
 彼の目尻は、きつくつり上がり、青い瞳はギラギラと闘志に燃えている。
 明日仕留める獲物を想像し、愉悦に浸っているのだろう、美しい口元にはおおよそ物騒な笑みさえ浮かんでいる。
 
 部屋に入ってもその形相が消えることはなかった。
 いつもと違う・・・。
 いつもならば、自室で二人きりになったとたん、彼はあの優しく温かな表情をとりもどすのだ。
 大丈夫、それでいい。そのほうがいい。
 あなたはギシン星の戦士なのだから。
 
 ロゼはその瞬間、マーグに背中から抱きすくめられていた。
 華奢な腕はみかけによらず力強く、鍛え上げたロゼでさえ、びくともできない。
 マーグの振り絞るような声がロゼの耳元を打ち、ぴたりと合わさった背中を震わせる。
 
「ロゼ、明日で終わりだ。明日マーズを倒せば俺は、俺たちは、この苦しみから逃れることができるのだな!?」
「・・・はい。」
 彼女が、静かに、しかしきっぱりと言い放った答えを合図に、マーグはさらに彼女をきつく抱きしめ、荒々しく寝台に押し倒した。
 彼はロゼの上に覆い被さり、その腕はロゼの背中を締め付ける。
 息が出来ない・・・。
 彼女を抱きしめる力がますます強くなるだけで、彼は動こうとしない。
 このまま殺されるのではないかとロゼが恐怖を感じたとき、彼女の頬に一粒の水滴が伝い落ちてきた。
 
 泣いている?マーグ!
 彼女は朦朧としつつある意識で痺れる片手をどうにか伸ばし、彼の緑の髪を優しく撫でた。
 やがて彼の腕は徐々に力を緩め、優しくロゼを抱いていた。
 しかし彼は代わりにシーツにその顔を押しつけ嗚咽をもらしはじめていた。
 ロゼは彼の涙に濡れる頬にそっと頬ずりをした。
 あっという間に彼女の頬も涙でびしょぬれになる。
 自分も泣いているのか?
 それさえも分からなかった。
 涙と涙が混ざり合うように、彼らは二つの体を溶け合わせていった。
 
 洗脳はもはや完璧だ・・・。泣いているのはマーグの魂、そして私の・・・?

 

 

 

  

 私は彼を撃ってしまった。
 あの儚く美しく、限りなく優しい人を殺してしまった。
 
 業火に焼かれるがごときこの苦しみから解放されるなら、ギシン星の戦士の誇りを守り、自刃することなど、願ってもないこと。
 私は、それを許されなかった。
 バトルマシンに誇りなど必要ないのだ。
 
 さらに深い悲しみと苦しみ、迷いと葛藤、そして・・・覚醒。
 
 私は目覚めた。
 
 ギシン星の、ズールのバトルマシンとしての自分に決別し、取り戻したのだ。
 
 人を愛おしむ心を・・・。
 
 私を目覚めさせたのは、そしてその勇気をくれたのは、あの美しい人が愛した双子の弟・・・。
 マーズ。
 
 あれから時は流れた・・・。
 
 私はマーズを愛している。
 
 彼の強い心と力は、私の手を必要とせず、私は一度はその苦しみに耐えきれず、彼の元を去った。
 しかし、死してなお、愛する弟を見守る兄マーグは、このあまりにも弱い私に、マーズを助ける力をかしてくれたのだった。
 
 そしてついにズールは倒れた・・・。
 
 最後の戦いのさなか。
 私はついに彼に想いをうちあけた。
「マーズ、死なないで!愛しているわ!」
   
 彼は私の愛に気づいた。
 ずっと心の奥で気づいていたことを、あらためて認識したのだと、彼は言った。
 彼も私を愛してくれているという。
 彼の私に対する愛が日に日に深まっていくのを感じている。
 
 私はマーズを愛し、愛されるようになって皮肉にも気がついた。
 私はマーグを、愛していなかった。
 尊敬していた。
 私にとって必要な存在であった。
 私の命を救い、生きることを教えてくれた大切なひとであった。
 お互いを求め合ったのは嘘ではない。
 ただ欲望のためだけではなかった。
 しかし私とマーグはお互いを、愛していなかった。
 
 私は彼の、さしのべられたマーズの手をとってよいのだろうか。
 愛する人と結ばれる、至上の幸福を手に入れて良いのだろうか。
 あまりにも弱く罪深く、血にまみれたこの手に・・・。
 
 私はそれでも彼に伝えなければならない。
 マーグが私に与えてくれたものを・・・。
 あの美しい人の本当の優しさと強さとを・・・。
 
 私はマーズを心から愛している。
 だからこそ真実を伝えなくてはならない。
 全ての真実を・・・。
 
 それを知ったとき、彼は私を二度と許さないかもしれない。
 彼の愛は憎しみに変わってしまうかもしれない。
 それでもいい。
 彼に全てを伝えられない限り、私は彼の本当の愛を見つけることが出来ない。
 これは私に課せられた試練。
 
 そして何よりもマーグのすべてを、その残された半身に伝えるのが私の使命・・・。
 

 

 

 

「ロゼ・・・風に飛ばされてしまいそうだよ。」
 マーズの腕が背後から私を抱きしめる。
 二人で見つめる地球の海は、どこまでも青く澄んで美しい。
 あの人の瞳の色に似ている。
 マーズの温もりが背中に広がっていく。
 彼のあたたかな愛の波動と共に・・・。
 私は彼の唇にそっと口づけた。
 
 伝えるべきときがきたのだ。
 全てを・・・。
 私とマーグの全ての真実を・・・。

 

 

END

 


痛々しいロゼとマーグの過去。
こんな物語もあるのだとは、こどもの頃には想像も出来ませんでした。
 
TVシリーズの土星基地のシーンともリンクしているんですね。
マルメロ星編で地球を追われたタケルが、
土星で兄とロゼの幻をみるシーンです。
過去の残留思念を視たってことなのかぁ、と納得。
 
今回も楽しませていただきました。
ゆみさん、いつもいつもほんっとーありがとうございます。

2002.7.15 きり
 

薔薇子さんからイメージイラストを頂きました。
「泣いているのはマーグの魂、そして私の・・・?」
2003.1.15追記

 

Index Novels

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送