winter drive
ゆみ58さま

 
 

 

 
 
 
 ズールとの最後の戦いから数日。
 
 タケルとロゼは、海沿いの道路を走る白いスポーツカーの中にいた。
 祝勝のお祭り騒ぎはバトルキャンプだけにとどまらず地球上全てに広がっている。
 さすがに基地内にマスコミの取材が押しかけることはなかったが、それでも、明神タケルの名前と顔写真は、ひっきりなしにテレビで流れている。
 
 ようやくとれた休暇を誰にも邪魔されることのないよう彼らは、お忍びといった風情ででかけることとなった。
 タケルは私服のジャンパーを着込み、サングラスをかけている。
 助手席に座るロゼは、ミカから借りたという服に、白のロングコートをはおっている。
 ロゼの緑色の髪も、昨今のヘアカラーの流行で、そう珍しいものではない。
 二人は、ごく普通の若いカップルに見えた。
 
 数十分ほどバトルキャンプから走ったあたりで、タケルはハンドルを片手でにぎりながらコンソールパネルのスイッチを切り替えた。
 かすかなモーター音とともに、ゆっくりと車のルーフが前から開いてゆき、後方のトランクに、自動的に折りたたまれて収納される。
 年の瀬も押し迫るこの時期にしては、ずいぶんとうららかな陽射しと海風が、一気に二人を包み込む。
 
「寒くないかい?」
「ええ。」
「アキラもなかなかすごい車作るよなあ。」
 
 タケルはうれしそうにオープンカーとなった車のアクセルを踏み込む。
 上り坂の前方は大きく左にカーブし、目前に海のきらめきが広がる。
 まるで、このまま飛行機のように離陸していけそうだ。
 
 一度骨休めをしてこい、と大塚長官が半ば命令のように勧めた休暇と外出であった。
 まだ事後処理で皆、忙しくしていたので、タケルは当初気が引けたのだが、やはり来て良かったと、今やっと思い始めていた。
 ここちよい加速と排気音、髪をなぶる風、ひろがる大海原。
 心が洗われてゆくようだ。
 
 なによりロゼと二人きりの時間がもてたのは、あの戦いの後はじめてのことであった。
  
 「マーズ、愛しているわ!」
  
 あの時のロゼの告白に自分はまだなにも答えていない。
 その胸のつかえは、時を追うごとに大きくなるばかりなのに、ここ数日タケルは最低限の睡眠時間以外は一人になることさえなかった。
 仲間と共に勝利を祝い、各方面に報告を行い、表敬の訪問を受ける。
 過密スケジュールの中、心に直接届いたあの言葉が、ときおり鮮明に思い出されて、タケルの胸を熱くして、落ち着かせない。

 

 

 

 

 車はやがて海を見下ろす展望台の駐車場に滑り込んだ。
 今日は暖かいとはいえ冬の平日。
 海風の吹き上げる駐車場には他に一台も車が停まっていなかった。
 二人はガラス張りの展望台へ続く急坂を歩いて上った。
 
 展望台の中にも二人の他は誰もいない。
 それを意識したとたん。タケルの心臓は鼓動を速めた。
 ロゼはガラス越しに静かに陽光を反射させる海をながめている。
 
「ここは暖かいわね。温室みたい。」
 
 そう言うと彼女は白いロングコートを脱いだ。
 ミカが貸してくれたという、アクアブルーのぴったりとしたVネックセーターと焦げ茶のミニスカートというシンプルな服が、美しいプロポーションを際だたせている。
 深く切れ込んだ襟元からは、細い首筋と鎖骨のラインがのぞき、すぐ下には形良い胸のふくらみがリブ編みによってさらに強調されている。
 窓際のベンチに彼女が腰掛けようとかがんだときには、その襟元から、くっきりとした胸の谷間がタケルの目に飛び込んできた。
 スカートとロングブーツの間に見える、引き締まった素足にも、彼は、どぎまぎとせずにはいられない。
「ミカの奴、はりきりすぎだよ。」とタケルは心の中で舌打ちをする。
 目のやり場に困り続ける彼は、車のダッシュボードにサングラスを置いてきたことを少し後悔した。
 
 さらにタケルの鼓動は早鐘のように打ち、のどの渇きさえおぼえる。
 彼はついに耐えきれず、一つ深呼吸すると、思い切って口を開いた。
「ロゼ。」彼の声は少しうわずってしまった。
「何?マーズ。」振り向く彼女の笑顔は優しい。
 
「あ、あの。ありがとうロゼ。」
「・・・?」 
 
 彼女は軽く首を横に傾ける。
 
「あのとき、君の言葉が、テレパシーがなかったら俺は負けていたかもしれない。もうダメだって気を失いかけていたんだ。」
 
 ロゼはタケルが何を言おうとしていたのか初めて理解した。
 彼女の心臓の鼓動も急に速くなる。
「ロゼ。」タケルは一つ大きく息を吸い込んだ。
 
「俺はやっと気がついたんだ。君を、愛していたことに。」
 
 ロゼの頬がにわかに薔薇色にそまり、青い瞳が潤み始める。
 
「俺にデビルリングがはめられたことを知って君が地球に来てくれたとき、俺はとても嬉しかった。だけど、とまどう気持ちも強かった。君には俺が無様に死んでいく姿を見せたくなかったんだ。心の中がぐちゃぐちゃで、君に一緒にいてほしいのかどうなのかさえ分からなかった。・・・バカだな、本当に。」
 
 タケルはベンチに腰掛ける彼女の前に立った。
 
「君が薔薇の騎士だって分かったときには、どうしようもないほど君を愛おしく思ったよ。けれどそれは命を賭けて一緒に戦ってくれていた同志に対する感謝の気持ちだと、何故だか、わざと思いこもうとしてた。もう自分は明日をもしれない命だと思っていたから。地球を守ることもできないのに、なんていうのか・・・恋愛だなんていうのを考えてる資格なんかない・・・って思っていた。」
 
 堰を切ったように、だが訥々と話し出す彼を、ロゼはもはや涙がこぼれおちそうになった瞳で見つめている。
 
「でも、分かったんだ。君の言葉で。君やみんなが俺に送ってくれたあの奇跡のエネルギーで。人間を支えているのは結局、愛情なんだっていうことが。どんなときでも人を愛し、愛されることこそが一番大切なんだって。」
 
 ロゼの瞳からついに涙が一筋こぼれ落ちる。
 そのしずくは冬の陽射しを映して輝きながら彼女の頬を伝っていく。
 それが床に落ちてしまうのがあまりにも惜しく、彼はその美しいひとしずくを衝動的に唇で受け止めた。
 さらに次々と流れ続ける涙を追って、彼の唇は彼女の頬から顎へ、そして薔薇色の唇へと移っていった。

 

 

 

 

 彼らを乗せた車は再び海岸線に沿ったハイウェイを走っていた。
 タケルは気温が下がってきたのを感じて、ルーフを閉じる。
 日が傾きかけている。
 波にきらめく光も少しオレンジ色を帯びていた。
 
 タケルはバックミラーで後方を確認し、徐行をすると海へ張り出す路側帯に車を停車させた。
 
「ロゼ、ここから明神礁が見えるんだ。」
 
 彼はそう言うとロゼを車から降りるように促す。
 ガードレールによりかかりながら、彼ははるかに見える明神礁を指さした。
 
「18年前、俺はあそこで泣いていた。父が見つけてくれなかったら、そして愛して育ててくれていなかったら、もうこの美しい地球はなかった。」
 
 しばし感慨にふける二人に強く冷たい風が吹き付ける。
 
「さあ、そろそろバトルキャンプに帰らなきゃな。」
「ええ。」
 
 タケルはそっとロゼの手を取る。
 
「何年ぶりだろうっていう気がするよ。こんなにゆったりとすてきな一日を過ごしたのは・・・。なんだか自分がまっさらになったみたいだよ。」
 
 幸福そうにロゼが微笑む。
 そんな彼女の笑顔をまぶしそうに見た後、タケルは海に向かって叫んだ。
 
「ガイヤー!おまえもちょっとの間だけ休暇だー!しっかり体を休めておいてくれよー!」
 
 かすかに明神礁が光ったのは夕日の反射だろうか。
 二人は顔を見合わせ声を上げて笑った。
 
 戦いが終わり、本格的に宇宙開発が始まる。ガイヤーをはじめ六体のロボットは自分と共に、今後そういった任務につくことになるだろう。
 あるいは自分は生みの父イデアが望んだとおり、はるか宇宙へ旅立つこととなるのかもしれない。
 それまでは、自分もできる限りの充電をしておこうと思う。
 いつかはじまる新しい船出に備えるために・・・。
 
 そしてそのときには、今傍らにいるこのひとは、一緒に行ってくれるだろうか・・・。
 
 タケルはまだその想いを言葉にすることはなかった。
 まだすべてがはじまったばかりなのだ。

 

 

 

 

「遅いよな、タケル。」
 
 ブリーフィングルームでナオトとともに、コスモクラッシャーの点検報告書を書いていたアキラは、壁掛け時計を見上げてそう言った。
 
「遅いって、ヤツは非番なんだから、11時までには帰ってくりゃいいんだろ。」
 
 時計はまだ9時を少し回ったところだ。
 
「だって、ロゼと二人でドライブなんだぜ。」
 
 ナオトはヒューっと口笛を吹いた。
 
「そりゃあ、豪勢なこった。しかしドライブっていったって、車はどうしたんだよ。」
「俺が新作を貸した・・・。」
「おまえは、ほんとーに、いいやつだなあ。」ナオトは、少しあきれたように口を開けた後、やたら「本当に」を強調して言った。
 
「そうなんだよなあ。いいやつなんだか、バカなんだか・・・。」
「あの白いやつだろ、オープンカーにもなるって言ってた・・・。」
「ああ。できたてほやほや。なあ、ナオト。俺がなんであの車を白に塗ったかわかる?」
「白が好きだから、じぇねえの?」
「違うんだよな、オープンカーっていったら、赤なの!俺の中では。でも赤の車はゲンが悪い。」
「なんで。」
「ああ。アカネさんの赤いオープンカーでドライブデート。俺はあの時幸せだった。」
 
 その女性の名を聞いてナオトはぎくっとした。
 かつてロゼがバトルキャンプに進入するために姿を変え、アカネと名乗ってアキラを利用したのだ。
 さすがのお人好しのアキラでも、あの時のことはまだ許せずにいるのかと、ナオトは一瞬こころを固くする。
 
「まあ、仕方ないじゃないか、ロゼだって・・・その・・好きでやったわけじゃないんだし・・・。」
 
 そんなナオトのぎこちない慰めを聞いていなかったのか、アキラがつぶらな瞳をうっとりとさせながら宙を見ている。
 
「アカネさん・・・。きれいだったなあ。また会いたいなあ。」
「・・・付ける薬がないってこったな。」
「え、なんか言った?」
 
 あれだけの大事件を、今では単なる「失恋」と考えているらしい同僚を、ナオトはあきれて見やった。
 根っからのお人好しってのは、実はものすごく「出来た」強い人間なのかもしれないな、と考えるとなぜか少し背筋がゾクっとした。
 こういうやつが案外、出世頭かもしれん・・・。
 ふと浮かんだ考えをナオトは、ぶるぶるっと頭を振ってうち消した。

 

 

 

 

 そのときブリーフィングルームのドアが開き、タケルが入ってきた。
 
「ただいま。ありがとう、アキラ。すごい車だったよ。」
「そうかい?」
 
 素直に喜ぶアキラに、タケルは車のキーを手渡す。
 
「加速も言うことなしだし、ルーフの開閉もすごくスムーズだったよ。」
「オープンにして走ったの?この寒空で?」
「ああ。」
「おいおい、アキラよ。聞くだけヤボだぜ。なんたってアツーい二人だからなあ。」
 
 ナオトは大げさな身振りで自分自身を抱きしめてみせた。
 
「ナオト!」
 
 必要以上に大きな声を出してしまったタケルは自分でもその声に驚いたらしい。
 見る間にその頬が紅潮していく。
 そのタケルの顔をのぞきこむようにしてアキラが問いただした。
 
「タケル、まさか俺の新作の車で、チ、チューなんかしたりしてないよね。」
「あ、ああ。もちろん・・・。」
 
 もちろん、車の中ではしてないよ、とタケルは自分の心の中でだけ言葉を付け加えた。
 
「あ、そうだ。ロゼからもアキラにお礼を言っておいてっていわれてたんだ。」
「お礼ね。うんうん。お安いごようさ。」
 
 アキラは軽く掌を上げながらも、お礼に一度でいいからアカネさんに変身してみせてくれとお願いしようか、と思ったが、さすがにやめた。
 
「じゃあ、悪かったな仕事中に。」
 
 爽やかな笑顔を残してタケルは部屋を出て行った。
 
「脈あり・・・だな。」
 
 ナオトは持っていたペンをこつこつとこめかみにあてる。
 
「どういうことさ。」
「イイ線いったってことだよ。」
「え? さ、最後まで、いっちゃったってこと。」
「違うな。あのタケルがそう簡単に一線を超えるワケがないだろうが。イイ線までいったってこと。」
 
 アキラが小さく吹き出す。
 
「ナオト、勘ぐりすぎだよ。」
 
 ナオトはにわかにテーブルに身を乗り出す。
 
「おまえがニブすぎんの。」
「またまたー。」
「ヘッ!」
 
 ナオトはそれ以上アキラにつっかかることはなかった。
 こいつには何をいっても無駄だ。
 つまりは、何を言ってもかなわないっていうことなのか?
 また浮かんだおもしろくない考えに、ナオトは再び軽く頭を振り、心の中でひとりごちた。
 
「どいつも、こいつも、しゃらくせえ。」
 
 バトルキャンプは何事もなく一日を終えようとしている。
 波の音だけが響き、凍てつく澄んだ空気の中、まだわずかに欠けた月が煌々と夜空を照らしていた。
 
 
 
END
 
 


タケロゼが地球でデートしてるっていう
シチュエーションもいいですねぇ。
最終話の旅立ちがあんな急じゃなかったら、
こういうこともきっとあったのでしょう。
それよりもなによりも、
このお話で好きなのはアキラ君です。
なんだかすごく彼らしくて。
 
ゆみさん、ありがとうございました。
2002.11.18 きり


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