angel
ゆみ58さま


 

 

 

 青い星が遠ざかる。
 あの人がその命を捧げて守ろうとしている美しい星。
 いまやもう尽きかけている命に代えて・・・。
 だが、あの人の命が消えるとき、この星も宇宙から消えるだろう。
 悪魔に魅入られたものに逃れる術はないのだから・・・。
 私にはその最後を見届ける勇気がない。
 天使のごとく慈悲深い微笑に救いを求め、言い逃れのように、あてどなく宇宙を漂う私には・・・。
 せめて、この私を哀れと思うなら、いや、この私に天誅をあたえるためでもいい。
 
「マーグ、こたえて。私の命をあげるから、マーズを救って!」
 
 目も眩む真白な閃光が瞬時に己を穿ち、世界を染めてゆく。
 白い闇のなかでロゼは確かに感じていた。
 あの美しく儚いひとが躰を包み込むあたたかな気配を・・・。
 
「マーグ・・・!」
 
 至福の想いに、懺悔と絶望が、悔恨と虚無が入り混ざり、彼女に一粒の涙を流させた。
 頬を伝うその熱い感触を最後に、彼女は意識を手放した。
 
   
 
 
 
 不思議な空間を漂っていた。
 現実と夢のはざま、意識と無意識、自我と超自我、そして此岸と彼岸のはざま。
 ただ真白い、その空間に彼はいた。
 美しい容貌も、優美なしぐさも、すべてロゼの記憶の中にある彼と同じだった。
 何からはじめに語ればいいのか、とまどううちに頬はさらに涙で濡れていた。
 
「マーグ・・・マーグ!私・・・」
「なにも言わなくていい。ぜんぶ、わかっているから」
 
 しなやかな腕が、嗚咽に震える背中を包みこむ。
 
「ロゼ、もう泣かないで」
「ごめんなさい、マーグ。私、なにもできなかった。私にはマーズを救うことなんてできない」
 
 柔らかい声がロゼの耳元に響く。
 
「そんなことはない、ロゼ。マーズを救えるのは君しかいない」
「無理よっ!」
 
 泣き叫ぶロゼをなだめるように、マーグは優しく髪を梳いていた。
 
「君の想いだけがマーズを救う」
「いいえ、マーズは、彼は私など必要としない。私なんかどこにも入り込む隙はないわ」
「それは違う、ロゼ。マーズが君を遠ざけたのは、君を傷つけたくなかったから。君を頼って弱くなってしまう自分が怖かったからだ」
「どうして?私は一緒に戦いたいの。どんなときでも彼のそばで彼を助けたい。弱くたっていいのよ!私にはそんなこと・・・私には見せてくれていいのよ、何だって・・・」
 
 ロゼの瞳から幾粒も涙の珠が滑り落ちる。
 
「私は、彼を愛しているわ」
 
 受け止めるようにマーグは彼女を深く胸に抱いた。
 
「そう、マーズはまだ君の想いに気づいていない。そして自分の本当の想いを認めようとしていない」
 
 ロゼは涙を拭おうともしないまま、半ば狂ったように叫び続ける。
 
「どうすればいいの!!彼を救うにはどうすればいいの!?私の命なんてどうだっていい、彼が助かるのなら、どうだっていいのよっ!!」
 
 マーグはふとロゼの髪を撫で続けていた手を止めた。
 いぶかしげに見上げたロゼの潤んだ瞳を覗き込みながら、彼は穏やかにそして哀しげに告げた。
 
 
「・・・ロゼ。君のからだを貸して欲しい」

 

 

 

 

 青い海だけが眼下に広がる。
 コスモクラッシャーの艦載機をひとり操り、タケルは深く思考を巡らせていた。
 
(これでよかったんだ。もう会うこともないだろう。俺が無様に死ぬ姿を見せたくない。) 
 
 彼女は嘆き悲しむだろう。
 彼女を傷つけたくない。
 彼女には、彼女だけには見られたくない。
 
 もうすこし時間があれば、俺たちはもっと分かり合えたんだろうか。
 もっと違うかたちの二人になれたんだろうか。
 胸にうずく痛みを、いつもはかき消して心の奥底に沈めてしまうその痛みを、今だけは感じていたかった。
 せめてこの青い海の上を、ひとり漂う今だけは・・・。
 
「薔薇の騎士・・・。」
 
 何故か脳裏に浮かんだ、幾度も自分を救ったひとの名をつぶやいてみた。
 ひと?・・・人なのだろうか。
 白い甲冑は念波も透視も完璧に弾き返し、そのなかをうかがい知ることは出来ない。
 それにあの強大な超能力。
 宇宙空間を自在に駆け、敵と渡り合う。
 六神ロボのように科学的な動力や武器さえ持たぬというのに。
 とてもただの超能力者ではない。
 
(神・・・なのか?)
 
 しかし、薔薇の騎士の現存する「質量」を確かにタケルは感じ取っていた。
 神の化身とでもいうのだろうか・・・。
 あるいは、神の御使い・・・。
 なぜか、懐かしい。

 

 薔薇の騎士は、それからも激しく続く戦いのなかで彼を幾度となく救った。
 そしてある日、タケルの目前でその真の姿を現した。

 

 

 

 
 燃える太陽が水平線を染めている。 
 浅瀬の岩に波が寄せ、夕陽を映して飛沫が砕け散る。
 
 タケルを救った薔薇の騎士は海辺にたおれ、その白い甲冑は蒸発するように消えていった。
 他ならぬマーグの気配と波動を色濃くあたりに残しながら・・・。
 愛しい兄の姿を捉えるようにすがりついた薔薇の騎士の体は、華奢な女性の姿に変わっていった。
 
「ロゼ!!ロゼじゃないか!」
 
 彼女はゆっくりと瑠璃色の瞳を開いたが、まだ焦点があっていないようだ。
 心配そうに覗き込むタケルの顔をやっと認識すると、小さな声で彼の名を呼んだ。
 
「マーズ?」
「ロゼ、君が薔薇の騎士だったのか?」
「薔薇の騎士?私はなにも・・・」
「そうだったのか・・・」
 
 タケルの瞳が夕陽をうけてどこか悲しげに輝いている。
 
「でも、私、いままでマーグと一緒にいたような気がする」
 
 タケルの瞳が一瞬揺れ、そしてその声は確信に満ちていた。
 
「マーグが君の体を借りて俺を助けてくれていたんだ」
 
 胸の奥から熱いものが大波のようにこみ上げ、タケルは唇を噛みしめた。
 細かな震えが、鍛えられて引き締まった腕からロゼの体に伝わる。
 ロゼが白い手を彼の頬にあてようとゆっくりと持ち上げかけたとき、彼女は強く抱きしめられた。
 息が止まるほどに強く激しく。
 
 声を殺した嗚咽が波音に混じってかすかに漂っている。
 彼は、その顔を隠すようにロゼの肩に埋めて泣いていた。
 どうしようもなく涙が止まらなかった。
 天の彼方から自分を助け、守り続けてくれいていたマーグ。
 そのマーグとともに宇宙を駆けて戦ってくれたロゼ。
 自分を支えてくれていた二人への、言葉にできぬ程の感謝の気持ちが、熱い涙となってあふれ続ける。
 そして、もう一人では、ズールの化身とさえ満足に戦うことのできぬ、自分の情けなさが、悔し涙となって流れ落ちる。
 まざりあった激しい感情が、涙となって止まらない・・・。

 

 

 

 

 濡れたタケルの頬にいつしか細い指が添えられていた。
 少し冷たい指が、そっと優しく涙を拭い続ける。
 泣き顔を見られたくない、そんなどこかぎこちない意地が、涙の雫と一緒に少しずつ拭い去られていった。
 やがてゆっくりと顔を上げると、腕の中のロゼの瞳が、まっすぐに彼を見ていた。
 少しやつれた彼女の面差しに、慈愛に満ちた微笑が浮かぶ。
 何か言いかけようと努めるマーズを制するように、ロゼは優しく言った。
 
「何も言わなくていいの、マーズ。もっとたくさん泣いてもいいのよ」
「・・・ロゼ」
「かわいそうな、マーズ。誰かの前で泣くことも、弱さを見せることもできなかった」
 
 タケルの頬を、また新しい涙が一筋伝っている。
 
「私は、そのためにあなたのところへ戻ってきたの、マーグと一緒に。あなたとともに戦い、あなたとともに泣いて、あなたとともに、生きるために・・・」
 
 タケルはおもわず彼女を再び強く抱きしめた。
 華奢な肩に顔をうずめたのは、溢れる涙を隠すためではなかった。
 彼女の確かな鼓動に、己がまだ生きている証の鼓動を合わせたかった。
 
 いま目覚めた彼女への想いの、少しの欠片も海風に逃げていかぬように、彼女を自分の近くに引き寄せたかった。
 もうこの想いを眠らせることはできない。
 二度と心の奥深く凍らせて沈めておくことはできない。
 
 愛している。
 
 だが彼は、その言葉をまだ彼女に告げることはできなかった。

 

 

 

 

 彼にはやるべきことがあった。
 生きること。
 生きてあの悪魔をたおすこと。
 さもなくば、この青く美しい星は宇宙の藻屑と消える。
 さもなくば、慈悲深き兄の棲まう天の楽国は、悪魔の統べる地獄と化す。
 
(もう一度、俺は強くなれる。)
 
 彼のなかで、ほとばしるように甦るものがあった。
 己を支え、励まし、勇気づけてくれる人々の想いが、温かいエナジーとなって体中に流れ込み、戦う力に昇華する感覚。
 それは、デビルリングが禍々しく輝くたびに、忘れていった感覚であった。
 この忌まわしき悪魔の枷にとらわれていたのは、他でもなく己の心だったのかもしれない。
 ともに戦う仲間、優しい母、死してなお自分を守る兄、そしていま両腕に抱きしめる彼女。
 とらわれの心は、皆からの想いを、愛を、感じることができずに死に瀕していた。
 それを解き放ったのは、ロゼ・・・。
 心の深淵に沈めた彼女への想いがその封印を解いたとき、悪魔の枷の魔力はもはや脅威ではなくなったのだ。
 
(俺は戦える。俺はかならずズールを倒す。そして・・・)

 

 

 

 

 夕陽がさらに濃く世界を朱鷺色に染めている。
 燃え尽きる直前に最期の力をふりしぼるように。
 太陽は毎日再生する。
 日の出は誕生を、日没は死を、そしてそれを永遠に繰り返しているのだ。
 海に沈む夕陽が、同じ色に染まった砂浜に向けて一筋の光の道を創りだした。
 この道をたどって死者の魂は太陽に行き、そしてまた再生してこの大地に還ってくるとする信仰もあるという。
 
 物思いにふけるタケルの思念が通じたのだろうか。
 彼の腕のなかで夕陽を見つめていたロゼが、突然つぶやいた。
 
「あの太陽・・・。あそこにマーグがいたような気がする」
 
 灼熱の炎が空を焦がす星に囚われているというマーグの魂。
 その星がまさにあの太陽だというのか。
 ならば、地球で果てたマーグの魂は、この煌く道を旅していったのだろうか。
 水平線に溶けゆく太陽が、海原と天空ともにほんの一瞬創り出す荘厳な光景。
 眼前にひろがるその神秘的な自然の美しさは、タケルにロゼの言葉を信じさせるには充分すぎるほどであった。
 
「行こう、あの星へ。そして、俺は再びこの大地で、生きる」

 タケルはロゼを両腕に抱きかかえて力強く立ち上がった。
 お互いの胸の鼓動が伝わりあう。
 もはや太陽は完全に沈み、彼方を染める残照さえもゆっくりと夜の帳にとざされつつあった。
 それでもまた朝は訪れ、太陽はふたたび燦然と輝く。
 
(この星を守る。まぶしい朝と美しい夕暮れの、太陽の再生の儀式を見つめるこの星を・・・。)
 
 そして、告げなくてはならない。
 
 愛していると・・・。

                            

 

end


「devil ring」とはタイトルが対になっているんですね。
沖縄の信仰で、「夕日が海につくる道をとおって
死者の魂が太陽に行き(還り、かなあ?)
そしてまた再生して転生する」(ゆみ58さんのメールより)
というのがあるそうで、最初ゆみさんからこれを伺ったとき、
武田鉄也さんの「二十六夜まいり」というドラマを思い出しました。
こういう信仰があるのだと、武田さんが
主人公(和久井映見ちゃん)に語るシーンが
確かあったと記憶しております。
 
それはともかく。
バラの騎士の変身が解けたあとの砂浜のシーンは美しいですね。
タケルがロゼへの気持ちをはっきり自覚した瞬間がまた…。

ありがとうございました。
2002.11.24 きり

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