インパクト
 
   sakohasiさま

 


 

 暮れかかりの空は鉛色に低く垂れ込め、空の所々で光る稲妻が、冬の嵐の到来を告げている。
 その凍てついた気層の底を切り裂くように、ズール軍特務班の大隊が猛スピードで疾走していた。
 
 
 武装した兵士達を従え、指揮車のシートに身を埋めているのはロゼである。
 めざすは、数十年前に廃棄された古い軍事都市。
 今は政治的および経済的難民達の住処となっているという場所である。
 反ズールのゲリラ達は、そんな彼らの生活を援助し、反ズールの啓蒙活動を行ってその勢力を拡大しているという。
 
 
 ロゼは、指揮車の通信機を手に取り、後部上空に控える戦闘爆撃機部隊に命令を下した。
 
「襲撃をゲリラどもに悟られぬように、地上部隊による攻撃開始の後に突入を開始せよ」
 
 ゲリラ達は、察知と逃走が恐ろしく素早い。捕獲には奇襲しかないのだ。
 戦闘爆撃機は包囲殲滅攻撃には有効な兵器だが、けたたましいエンジン音を立てるそれを、地上部隊と同時には繰り出せなかった。
 ロゼの元に、策敵の兵士から連絡が入った。大広場で、ゲリラ達による集会が始まったという。
 ロゼは、地上部隊の移動スピードを上げさせた。
 
 
 
 廃棄された街には、雪が積もり始めていた。
 外壁は剥がれ、色褪せたコンクリートや錆びた鉄骨が剥き出しになった建物群が、行くあてのない人々の仮の住処となっていた。
 人々はゲリラが配るわずかな食料を得るために、大広場に集まっていた。
 その彼らにゲリラ達は演説をしていた。
 
「……かように、この星の富と高度な科学技術は、皇帝と彼におもねる一部の特権階級にのみ独占されている。民衆には搾取を繰り返し、高額な税を納められない者からは市民権を剥奪し、収容所に送り込んで家畜以下の奴隷として非人道的な扱いをしている事は、それから逃れる為に流浪している、ここの皆さんもご存知でしょう。考えてみてください。この状態がいつまでも続く事を。その恐ろしさを。この状況は打破せねばなりません。何も多くを
望んでいるわけではない。生きるために。人間として、あたりまえの希望と喜びとを持った人生を送るために、です」
 
 その時、見張りのゲリラ兵から、悲鳴のような知らせが届いた。
 
「ズール軍だ!逃げろ!」
 
 ゲリラも、難民も、雪崩を打って逃走を始めた。
 彼らの退路を塞ぐように大広場に滑り込んで来た指揮車。
 雪と泥を撥ね上げ、悲鳴をあげて軋むタイヤの動きが止まる前に、ロゼは号令していた。
 
「撃てえぇー!」
 
 そして戦闘が始まった。
 
 
 
 ゲリラの攻撃を受け、ズール軍の装甲車が火球を膨れ上がらせる。
 爆発と共に跳ね飛ばされる兵士。大小の破片が飛び散り、建物の壁や地面に、けたたましく突き刺さる。
 ゲリラ側兵士が撃ち出す機関銃の軽やかな高音。
 激しい攻撃を繰り出すズール軍の砲声の重低音。
 悲鳴を上げて逃げ惑う難民達に、容赦なく降り注がれるズール軍の銃弾。
 その時、彼らを護るように飛び出してきた、複数のゲリラ兵士達がいた。
 彼らの瞳が一斉に妖しく輝く。数え切れない量の銃弾は、空中で何かに阻まれたように停止し、そしてまばゆい光を発して炸裂した。
 サイコバリア。超常の能力を持つものだけが駆使出来る防御壁。
 命拾いした難民達を、別のゲリラ兵士が誘導して、共に逃走する。
 彼らを逃すまいと、ロゼが部隊に追撃の指令を発そうとしたその時だった。
 数トンもの重量を誇るロゼの指揮車が、いきなり突風に煽られた落ち葉のように宙に浮いた。 
 別方向からの念動の攻撃だった。
 完全にコントロールを失った指揮車の中で、兵士達はパニックを起こす。
 ロゼが舌打ちと共に指揮台を蹴って脱出した瞬間、指揮車は力を失って落下し、爆発した。
 炎上する指揮車の炎の照り返しを受けて、ロゼが地上に降り立った時、彼女の視界の端を、何者かが逃走した。
 それが指揮車を破壊してのけた超能力者だと、ロゼは直感した。
 
「待て!」
 
 その人物を追い、ロゼは廃墟の迷路に駆け込んだ。
 
 
 
 建物が織りなす光と闇のストライプをを潜り抜け、ふいにひらけた場所にロゼは出た。
 そこは駐車場だった。かつては軍用車がいくつも並んでいた事だろう。
 ロゼがさらに奥に進もうとした時、立ち並ぶ柱の影から音もなく現れたゲリラ戦士が3人、銃を構えてロゼを取り囲んだ。
 
「動くな。そのまま武器を捨てて手をあげろ」
 
 その中のひとりが厳しい口調で言う。
 ロゼは大人しく銃を床に落として、両手を上げた。抑制した感情を秘めた鋭い視線を彼らに巡らせる。
 いずれも男。超能力者はいない。しかし、銃を構える姿勢には一部の隙もなく、歴戦の戦士達であることをうかがわせた。  
 ロゼは口を開いた。
 
「私をどうするつもりだ?」
 
 男達のひとりが言った。
 
「我々と一緒に来てもらう」
「……いやだと言ったら?」
「無理矢理にでも」
 
 別の男が口を開いた。
 
「ここは朽ちたとはいえ元は軍事都市。建物の中は、対ESP構造になっている。お前の超能力は使えないぞ」
 
 ロゼは苦笑混じりに言った。
 
「なるほど。超能力を封じられ、武装解除された小娘ひとり、男が3人でかかれば太刀打ち出来まい、というわけだ」    
 
 男達は答えなかった。
 ロゼは溜息をつき、目を閉じて苦笑すると氷点を遥かに下回る声で呟いた。
 
「……3人いれば、なんとかなると思ったのか?」 
 
 微かに動いたロゼの袖口から、何かが転がり落ちた。
 直径1センチにも満たない小さなカプセル状のそれは、床に落ちると同時に、まばゆい閃光を発した。
 網膜に突き刺さる鋭い光に、男達が呻き声をあげ、姿勢を崩す。
 電光の素早さでロゼが動いた。
 床に落ちた銃を拾い上げ、次々に男達を撃つ。
 2人は即死した。残る1人は足を撃たれ、床に座り込んだ。
 閃光が収まる。
 そこでこの屈強の女戦士はようやく目を開けた。
 生き残りのゲリラ戦士に、熱の残る銃口を突きつけて詰問する。
 
「他の仲間達はどこにいる?」
 
 ゲリラ戦士は着弾による出血のショックにワナワナと震えながら、ロゼを睨みつけ、吐き捨てるように言った。
 
「誰が言うもんか!ズールに身も心も捧げ尽くした魔女め!」
 
 ロゼは防寒スーツに包まれた美しい足を軽く振ると、靴先をゲリラ戦士の右目に叩き込んだ。
 悲鳴が駐車場に響き渡る。
 それが収まるのを待って、ロゼはなおも言う。
 
「もう一度訊く。仲間はどこだ?」
「……!」
「一応言っておくが、足も目玉も、あともうひとつしかないぞ?」
 
 ゲリラ戦士は、そのひとつだけになった目に光を集め、震えながらも頑強
に沈黙を守った。
 ロゼがさらなる動きを見せようとしたその時だった。
 
「やめろ!」
 
 若々しく澄んだ声が、怒りの波動を込めて駐車場の大気を震わせた。
 ロゼは声のする方向に鋭く視線を向け、その声の主を見つめた。
 その人物を見た時、ロゼは一瞬、女かと思った。
 しなやかに引き締まった優美な細身の肢体。
 無造作に束ねられた、つややかな常緑樹色の長い髪。
 最高級の象牙彫刻を思わせる滑らかな肌。
 そして、怒りに燃える澄みきった蒼い瞳。
 
「来るな!マーグ!」
 
 ロゼの足元で、ゲリラ戦士が叫ぶ。
 
「マーグ?」
 
 記憶層を刺激するその名に、ロゼの脳裏でファイルが高速度でめくられて
いく。
 その作業を妨害するかのように、ゲリラ戦士はロゼの足にしがみついた。
 
「退くんだ!早く行け!」
 
 ロゼは無造作に、銃のグリップをゲリラ戦士のこめかみに叩き込んだ。
 ゲリラ戦士は白目を剥いて床に崩れ落ちた。
 マーグは微かな逡巡を見せた後、その場から翻るように逃走した。
 
「待て!」
 
 ロゼが追った。埃の積もった廊下に出る。
 突き当たりの階段を駆け上がっていく足音があった。
 無論、後を追う。
 
 
 
 5階まで一気に駆け上がると、大きく開放的なフロアに出た。
 死んだコンピュータの残骸や、デスク、椅子といった事務用品がいくつも倒れている。そこを根城にしていたらしい鳩に似た鳥達が、当然の闖入者に驚いたように、羽根を散らしながらバタバタと飛んでいる。
 それらの陰にも、大きな柱の陰にも、あの若々しい気配はない。
 ロゼの美しい眉が微かに歪む。テレポートでの逃走は対ESP構造の建物内ではありえない。窓から飛び降り去ったのかとも思ったが、開閉不可能の曇った窓には、防弾加工のガラスが入ったままだった。
 何よりも、先ほどの3人のゲリラ達が、自分をすぐに殺そうとはせずに、いったん拉致しようと目論んでいたらしい事を思えば、マーグの目的もまた同じであろうと思われた。
 
 結論。
 彼はまだいる。しかも自分のすぐ近くに。
 
 ロゼは改めて気を引き締めた。
 ゲリラ達の訓練は山間部での食料調達から始まると聞く。険しい山々での行動で俊敏な動きを身に付け、罠を張り、気配を消して獲物に近づく。さらに様々な武器を駆使して狩りの腕を磨く。そうしてゲリラ戦の基礎を身につけていくのだ。
 獲物……どちらが狩るのか狩られるのか。
 ロゼの唇に皮肉めいた笑みが浮かぶ。
 ロゼはあえて目を閉じ、全神経をその繊細な肌に集中させた。
 戦士としては劣性である『女』という個性が優位に働く瞬間……。
 微かな空気の揺らぎを感じ、カッと目を開けて振り向くと銃を構える。
  
 いた。そこに。
 
 マーグは、形良い唇に咥えたナイフに手をかけ、今まさにロゼに飛びかからんとした姿勢のまま、凍り付いていた。
 
「手をあげろ」
 
 ロゼが命じる。命令に慣れた者の圧力を感じさせる声音。
 マーグはゆっくりと立ち上がり、大人しく命令に従った。
 
「武器も捨ててもらおう」
 
 マーグは口を開き、唇に咥えたナイフを離した。
 ナイフは光を反射しながら、回転して落ちていく。
 その動きがゆっくりに思えたのは、その後の彼の動きがあまりに速かったからだろう。
 鋭いかけ声と共に、マーグは落下直前のナイフを蹴り上げた。
 ナイフはロゼが構える銃のグリップに突き刺さり、暴発を呼んだ。
 悲鳴を上げて銃を投げ落とすロゼ。
 その隙を逃すまじと、マーグが襲いかかる。
 側頭部を狙って繰り出された、鮮やかな回し蹴りを間一髪のところでかわし、ロゼは後方に跳ね上がってマーグとの距離をあけた。
 体勢を整えた二人は、同時に衝撃波を繰り出した。
 それは雪のように細やかな電流を形づくり、二人の足を通して床に吸い込まれていった。
 
 空中放電不可能。
 
 やはりダメか、と、2人は同時に苦笑した。
 両者に武器はない。素手で打ち倒すしかないのだ。
 互いの整った美しい唇から笑みが消え、しゅううぅっと押さえた気息が漏れ出た。長く深く吐き出し、そして長く深く吸い込む。
 格闘の気を溜め込む為の呼吸。
 2人同時にそれは行われ、そして同時に止まった。
 一瞬だけ、部屋の空気が真空になる。
 両者の唇から激しい気合が迸った。それを音として認知した時には、すでに2人は走り寄り、攻撃を開始していた。
 風のうなりを呼んで繰り出される鋭い蹴りと突き。
 無駄のない互いの動きは、光の軌道を描く演舞に似ていた。
 共に紙一重でかわし、更なる攻撃が加えられる。
 加速し、さらに加速する両者のステップ。
 追い詰め、また追い詰められる。
 なかなかつかない決着に、両者は焦りを覚えていた。
 ロゼは女性戦士ゆえに、その肉体を使っての戦いは、パワーよりスピードを重点に置いた戦闘方法を得意としていた。
 しかしマーグもまた、男性としては軽量級の体格ゆえに、同じく敏捷性を極限まで生かした戦い方を定法としていたのだ。
 同じタイプの相手ほど、てこずる戦いはないのである。
 体力と集中力が尽きる前に決着をつけなくては。衝撃波は空中に放出できないが、一度でいい、その肉体をこの手で捕えることが出来るのなら。
 
 腕でも足でも首根っこでも、掴んだ場所から、直に衝撃波を叩き込んで、その動きを止められる……!
 
 その猛々しくも美しい演舞に終止符を打ったのは、マーグの動きだった。
 マーグが手にした細長い何かが、生き物のしなやかさと素早さで、ロゼの細い手首に絡みついた。
 
 糸?
 ワイヤー?
 
 違う。
 
 細くきらめくそれは、マーグ自身の長い一本の頭髪だった!
 
 しまった!と、ロゼが思った時にはもう遅かった。
 常緑樹色の髪を通して繰り出された衝撃波がロゼの全細胞を直撃した。
 ロゼの唇から悲鳴が迸る。
 マーグは動きの止まったロゼの手首を強く掴み上げると、さらなるとどめに重い衝撃波を叩き込んだ。
 これは強烈だった。ロゼの叫びも動きも完全に止まった。バランスを崩して前のめりに倒れかかる半失神状態の彼女を、マーグは抱きとめた。
 マーグの息も荒く上がっている。足元がふらつく。
 ロゼもろとも、背後にあった柱にもたれかかり、体を支えた。
 遠い意識の中でロゼは、彼の心臓が熱く激しい鼓動を打っているのを衣服の布地越しに、頬で感じていた。 
 やがて息を整えたマーグは、その象牙細工の如き両手でロゼの頬を包み込み、顔を上げさせた。
 黙って彼女の瞳を覗き込む。
 ロゼもぼんやりと見つめ返した。
 マーグの瞳。
 それは、宇宙と成層圏の狭間の、あの静寂の世界の色をしていた。
 吸い込まれてしまいそうだと、ロゼは思った。
 心地よいけだるさに、ゆったりと落ちていく意識。
 その落下を食い止めたものは、ロゼの戦士としての本能だった。
 海底から駆け上がる気泡にも似た勢いで、ロゼは覚醒した。
 
 ヒプノだ!
 
 とっさにそう思ったロゼはきつく目を閉じ、マーグから顔を背けた。
 
「目を開けろ」
 
 マーグが言う。ロゼは首を振り、力の入らない体に叱咤しながら、彼の腕の中から逃れようと懸命にもがいた。
 
「俺を見ろったら!」
 
 マーグは彼女の動きを強引に力で封じ込んだ。体の位置を入れ替え、柱にロゼの背を押し付ける。さらに逃走を防ぐ為、荒々しく膝で股間を割った。
 至近距離に迫る端正な顔。
 彼の甘やかな息が触れた。
 
「いやっ!」
 
 ロゼは赤面し、反射的にマーグの頬をひっぱたいた。
 思わぬしおらしい反撃に、マーグは打たれた頬を押さえ、目を丸くした。
 その時だった。
 2人の優れた聴覚は、同時にある音を捉えていた。
 始めは微かに、やがて凶暴な振動をともなって響くそれは、まぎれもなく戦闘爆撃機のエンジン音だった。
 戦闘爆撃機部隊が出撃したのだと、ロゼが認識した時には、すでにマーグの姿は目の前から消えていた。
 遠ざかっていく若々しい足音を聞きながら、ロゼは深く息をつき、柱に背をもたれかけさせたまま、ずるずると座り込んだ。
 ロゼのいる建物の前で、戦闘ヘリがホバリングする。サーチライトで内部を照らしていた兵士がロゼの姿を発見した。
 
「ロゼ隊長!ご無事で!」
 
 ヘリから呼びかけてくる部下に、ロゼは柱にもたれて床に座り込んだまま、応えるように重い腕を上げた。
手首には、マーグの髪がまだ絡まっていた事に気がつく。
 
 
 
 空爆が始まった。
 都市の各地で巨大な火球が膨れ上がり、建物群を飲み込んでいく。
 地獄の業火を思わせるその光景の中で、すべてが焼き尽くされていく。
 古い軍事都市の歴史も、人々の暮らしも、なにもかも。
 ロゼは上空の戦闘ヘリのシートにぐったりを身を埋め、その様子を無感動に見つめていた。
 逃げ遅れて炎に包まれているだろう人々をぼんやりと想像する。
 ロゼは、そこにおのれの未来の姿を見た気がした……。
 
 やがて、夜空を炎ではなく未明の光が照らし出す頃、すべては灰燼に帰し、作戦は終了した。

 

 

 シュッ……。
 
 バスルームのドアが開いて、バスコロンの香りが湯気と共に立ち上る。
 洗い上げた肌を、ミントグリーンの丈の短いバスローブで包んだロゼが出てきた。
 ドカッと忌々しげにベッドに腰掛ける。スプリングの軋みを聞きながら、そっと腕を持ち上げる。
 
 手首に残る手形。
 それは敗北の痕。
 
 ロゼは屈辱に歯を噛み合せ、腹立ちまぎれにベッドサイドのアラームに拳を叩きつけた。
 バラバラに砕けたそれに、体力の回復を見て、少しだけ溜飲を下げる。
 その時、軍専用通信端末のコール音が部屋に鳴り響いた。
 軍の鑑識課からだった。
 ロゼが持ち込んだ『資料』の分析の結果が出たとの事である。
 ロゼはバスローブを床に脱ぎ捨て、急ぎ着替えを始めた。
 
 
 
 天井の高いその部屋の、巨大な3面スクリーンに、逃走するマーグが映し出されている。
 爆発した指揮車に搭載されていた監視カメラの映像だった。
 
「メディア部分が無事だったので再生できたのです。本日、ロゼ隊長がお持ちになった『資料』の当事者ですね」  
 
 鑑識官主任が指し示す画面の中のマーグは逃走しながら微かに振り返り、ロゼに(カメラに)鋭い蒼の一瞥を送っていた。
 ロゼも微かに眉をしかめ、画面を睨み返す。
 鑑識官主任は続けた。
 
「そして、これがロゼ隊長がお持ちになったこの人物の『資料』……頭髪のDNAデータです」
 
 立体映像で映し出される螺旋構造のDNAデータ。
 
「これに、ロゼ隊長がおっしゃる通り、地球に送り出されたマーズのDNAを照合してみました」
 
 別のDNAの立体映像が、マーグのデータに重なる。
 そして、それらは一部の隙も狂いもなく、光りながら見事に一致した。
 ロゼは確信に目を見開いた。
 
 一卵性双生児。
 
 もはや間違いない。
 このマーグとは、ロゼの記憶のファイルにあった、あのマーグである。
 元科学長官イデアの息子。
 ズール皇帝から地球爆破の使命を受け、地球に送り込まれたマーズの双子の兄。
 マーズ帰還の陳情に皇城を訪れた母アイーダを警備兵に射殺され、その母の葬儀の最中に、行方をくらませた。
 当時、彼はまだ10歳だったという……。
 まさか反ズールのゲリラに参加していたとは。
 いや、当然といえば当然なのだ。
 何故か、妹のルイを思い出し、ロゼの口元が美しくも哀しく歪んだ。
 とっさに、哀しい追想を冷たい闘志に摩り替える。
 そんな心の作業を、ロゼはずっと繰り返してきた。
 これからいつまでこんな作業が続くのだろう?
 その最果てに自分はどこに佇んで、一体どんな光景を見ているのか……。
 ロゼは苦笑を収めて、鑑識官主任に命じた。
 
「現在の、マーズの映像を出しなさい」
 
 鑑識オペレーターの指が、光のボード上を軽やかに踊る。
 3面スクリーンに地球が現れた。
 雲、海、日本列島、そしてバトルキャンプが切り替わりながら映し出されていく。
 そして訓練施設らしいプールサイド。
 水中作業の訓練を終えたところなのだろうか、ウエットスーツ姿の若者の一団が談笑しながら、ぞろぞろと連れ立って歩いている。
 皆、同じスーツとゴーグルとを着用して無個性の様相であるというのに、その中のどれがマーズかをロゼは言い当てた。
 周囲の青年達と違う、この違和感をどう言えばいいのだろう。
 まるで雑種の犬の群れに、一頭だけ狼がまぎれ込んでいるような。
 
 この男は強い。
 
 それはロゼの確信だった。超能力での感性にのっとった感想ではない。
 数多くの兵士達を、血反吐を吐くまで叩き上げてきた、ロゼの武人としての直感だった。
 画面の中のその若者は、おもむろにゴーグルとスイムキャップとをむしり取って、その素顔をさらした。
 ロゼは驚きに目を見開いた。マーグとの相似に寒気すら覚える。
 
 同じ造形の容姿。
 同じ鋳型で造られた命。
 同じ材質なのだ、髪も瞳もその肌も。
 色の違いなどは大したことではない。
 空とて昼と夜とでは色彩を変えるではないか。
 
 画面の中のマーズは軽く頭を振り、豊かな黒髪に空気を含ませている。
 ふと、彼の大きく澄んだ瞳が、まっすぐにロゼを(カメラを)見据えた。
 瞳は一瞬にして硝子のように透き通り、そして映像は唐突に途切れた。
 
「ここで監視カメラが破壊されました。おそらくテレキネシスによるものかと思われます」
 
 ロゼは命じた。
 
「もう一度再生を」
 
 再び両者の映像が再生される。
 3面モニターが輝く。中央のDNAデータをはさんだ左右のモニターの中で、双子達はシンメトリーの動きで振り返り、ロゼを見た。
 遠く離れた時間と空間を超えて三者の視線が絡み合う。
 彼らの預かり知らぬ所で、今、急速に運命の時は満ちようとしていた。

 

 

end


タケルのお誕生日に合わせて、ということでご投稿頂きました。
超能力戦あり肉弾戦あり、ふと表れるロゼの女の子な一面等々、とっても楽しかったです。
監視カメラをぶっ壊すタケルがすてき。
sakoさん、ありがとうございました。
 
2003.12.3 きり

 

画像提供 Artworksさま

 

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