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ゆみ58さま

 漆黒の闇に浮かぶ、青い玉石。
 ゆっくりと近づいてくる。
 母なる星。
 彼にとって、それは生を受けた星ではなかったが。
 美しい星。
 思わず瞳が潤むほどに。
 恋しさに胸がふるえるほどに。
 
 ギシン星に親善大使として赴任していたタケルは、中間報告会のためにロゼを伴って地球へ一時帰還した。
 
 
 
 宇宙船のエンジン停止を待ちかねて、懐かしいクラッシャーのメンバーが駆け寄ってくる。
 
「タケル!!」
「タケルさあーん!!」
 
 全速力で走ってきたナミダが、真っ先にタケルに飛びつく。
 
「ナミダ、おまえ、ずいぶん大きくなったんじゃないか?」
 
 予想外の重さを備えたタックルに、タケルは少しむせていた。
 
「うん!タケルさん!僕、この一年で7センチも背が伸びたんだよ。それからね僕、僕ね・・・」
「おーっ!タケル、元気だったか?」
 
 たたみかけるように喋るナミダを遮るように、ナオトがガシッとタケルの肩に腕をまわす。
 
 アキラは再会の感激を照れ隠ししながらタケルを冷やかしにかかる。
 
「タケル、なんかまた男前があがったんじゃないの?」
「タケル、ロゼ、お帰りなさい」
 
 ミカの微笑みは、晴天の昼下がりそのままに、キラキラと輝いていた。
 
「ナオト、アキラ、ミカ・・・ただいま」
 
 
 
 再会の喜びに沸く輪に、ゆっくりと大塚、ケンジ、そして静子が歩み寄った。
 
「タケル、ご苦労・・・ゴホッ、ウオホッ」
 
 大げさな咳払いをする大塚に向かって、タケルは完璧に整った敬礼をする。
 
「明神タケル、中間報告会のため、ギシン星より一時帰還いたしました」
「うむっ!」
「ご苦労、タケル」
 
 いつも冷静で無表情とさえ言われるケンジも、このときばかりは彼なりの満面の笑みを浮かべていた。
 
 そして、その後ろに控えめにたたずむ母、静子の目には、一粒の涙が光る。
 
「母さん・・・。ただいま」
 
 タケルの声が、少し掠れた。
 母の肩に、そっと手を置く。
 涙もろくなった母。
 以前は、タケルの前で涙を見せることなど決してなかった。
 つらいときも、苦しいときも、凛として顔を上げ、微笑みをみせていた母。
 
 一年の月日は、人を少しずつでも変えているのだろう。
 伸び盛りのナミダの身長のようには、目にはっきりと見えなくとも。
 人は誰も、立ち止まったままではいられない。
  
(俺も、変わったんだろうか?)
 
 タケルはその答えを求めるように、無意識にロゼに視線を向けていた。
 皆の歓迎を受け、はにかみながらも穏やかな笑顔を浮かべている。
 
(そうだ。俺も・・・俺達も)
 
 彼の傍らにいつもある、その愛しい人の存在こそが、彼の成長の証。
 

 

  

 

 

 一日は賑やかに、慌ただしく過ぎ、久しぶりの自室に引き上げたのはもう深夜といってよい時刻であった。
 
「ロゼのお部屋はゲストルームでいいのかしら、ここで、あなたと一緒のほうがよかったのではなくて?」
 
 着替えを持ってタケルの自室を訪れた静子が、おっとりと投げかけた質問に、タケルは一瞬の狼狽の後、なんとか平静を装って返答した。
 
「あ、ああ。あそこが一番景色がいいから」
 
 変に声が上ずっていなかったかと、どぎまぎするタケルに反して、静子は至ってあっさりと肯いた。
 
「そうね。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ、母さん」
 
 清楚でまじめな母の意外な発言は、タケルを充分におどろかせたが、本人は全く意に介さぬ風情で、にっこりと優しく微笑んで退室した。
 
(そういうもの、なのかな?)
 
 いまさら頬を赤らめている自分は、まだまだ子供なのだろうか?
 
 ナオトやアキラからは、ロゼとの仲に関して、執拗なひやかしと質問を受けたが、これは自分でも驚くほどにすんなりとかわすことができた。
 予想していたことだったし、彼らのきつい冗談にはもとより慣れっこだ。
 逆に、そういう「事実」ができてしまうと、開き直れるものなのかもしれない。
 
 だが、よりにもよってあの母に、あんなにもすんなり二人の関係を示唆されると、さすがに意識をしてしまう。
 
 なにも毎夜ロゼと一緒に過ごしているということではないのだが・・・。
 
 いろいろと考えてしまいそうな自分に歯止めをかけ、軽く首をふって、きちんと折り揃えられた着替えに手を伸ばす。
 
 明日からは、中間報告会が始まる。
 それに備えて、今日はもう休まなければ・・・。

 

 

 

 

 

(ロゼはもう寝ただろうか?)
 
 やけに目が冴える。
 恒星間ワープを伴う長旅に、体は充分疲れているはずなのに。
 アナログな時計の秒針の音だけが延々と聞こえている。
 
 クラッシャー隊メンバーとして配属されたその日から、タケルに与えられた部屋。
 この部屋で眠れぬ夜は何度とあった。
 
 訓練に明け暮れた当初は、それこそ疲れ果てて、気絶するかのように毎夜眠りに落ちたものだ。
 だが、あの日、悪魔が地球に襲いかかったあの日から、苦悩と絶望、とまどいと悲しみに、胸が張り裂けるほど苛まれたまま、むかえた朝は数え切れない。
 
(もう、ずっと遠い日のことのように思えるな・・・)
 
 無論、忘れたわけではない。
 今でも昨日のことのように、いや、今ここで、目の前で起きていることのように、五感で感じることさえ出来る。
 
 兄の声が、微笑みが、そして、冷たくなっていく身体が両腕にのしかかる重みが、はっきりと蘇る。
 
(ロゼ・・・そして君と出会った)
 
 氷のように冷たく厳しいまなざし。
 それでいて、決して曇りなく青く、燃えていた。
 やがてその瞳は、苦しみや憎しみに荒れ狂い、そして悲しみと嘆きの深い深い青に染まっていった。
 海のあおのように、たゆまず色を変えていった青く美しい瞳。
 
 いつからだったんだろう。
 あの瞳が、かすかに揺れるようになったのは。
 あの瞳に宿る愛に、気づくようになったのは。
 
(ロゼ・・・)
 
 深度と温度を増していきそうになる思案に、タケルはかろうじて歯止めをかけた。
 これ以上、彼女のことを考えてしまうと、恋しい気持ちが募って、会いたくなってしまうに違いない。
 
 切なくなってきている・・・。
 
 タケルは軽い動作で身を起こすと、ベッドサイドに静子が置いていったコットンの厚手のパーカーに手を伸ばした。
 24時間エアコンの効いた室内と違い、まだ肌寒い夜の外気を考えれば、この上着は、タケルの行動を読んだ母の気遣いなのだと気づく。

 

 

 

 月明かりがほのかに照らす岩場に、満ち潮の波が打ち寄せる。
 波頭が白々と暗闇に映え、ひたひたと満ちてくる。
 鼻腔をくすぐる磯の香りを肺いっぱいに吸い込むと、まるで大海原の息吹を体内にとりこんだかのようだ。
 心地よいエナジーに指の先まで満たされる。
 
 だれもいない夜の海辺。
 
 懐かしいバトルキャンプの海を、母なる星の海を独り占めする快感。
 水平線にむかって両手を広げる。
 空と海の境が見える。
 同じく濃い群青色ながら、空には彼が渡ってきた幾千もの星々が煌めいている。
 
 美しい。
 まるで出来すぎた作り物のようだとタケルは思った。
 
(確かに、つくりものには違いないか。神の造り賜うた・・・)
 
 海風が軽くタケルの髪をなぶる。
 
(気持ちいいな。・・・楽しい)
 
 ひとりでに笑みがこぼれる。
 やがて声をあげて笑い出す。 
 そのまま砂浜にどかりと腰をおろし、星空を見上げて大の字に寝転がった。
 
 星。
 夜空に目が慣れれば、満天の星空にさらに星が増える。
 宇宙を翔んでいるようだ。
 軽い眩暈さえ覚える。
 ただはっきりと芳しい潮の香りだけが、ここが地球なのだと、彼の意識をつなぎ止めてくれているかのようだ。
 
(そうだ。帰ってきたんだ。地球に。誰がなんと言おうと、ここが俺の故郷だ)
 
 母なる星に抱かれる心地よさに、ふいに眠気を感じた。
 このまま寝てしまおうか。
 せっかくこの懐かしい大気に包まれているのに、部屋に入ってしまうのは惜しい気がした。
 
(少し肌寒いが、大丈夫、母さんが用意してくれた上着を着ているから)
 
 急速に襲いくる睡魔との戦いに、自分で言い訳をつけて降参しようとした、その時。

 

「だめよ」
 

 とつぜん頭上に降った諫言に、驚いて身を起こす。
 
「ロゼ!」
 
 砂の上に座るタケルには、ショートブーツから膝上丈のスカートまで、すらりとのびた脚がはっとするほど近く見えた。
 
「そのまま寝ようとしてたんじゃない?」
 
 くすくすと笑声が響く。
 
「だって・・・あんまり気持ちよかったから、さ・・・」
「だめよ、マーズ。・・・満ち潮よ?」
「!」
 
 軽く瞠目した表情から、暗くて実際は見えなかったものの、ロゼには彼が赤面しているのがわかった。
 ロゼがぷっと吹き出すと、タケルは拗ねて少しむくれた。
 その姿が彼女の胸を、甘く詰まらせる。
 彼のすぐ横に座ると、海風に乱れた軽いくせ毛頭を両腕で抱え込んだ。
 
「うたた寝して満ち潮にさらわれました、なんて格好つかないわ。フフフ、あなたでも油断するのね?」
 
 少しハスキーで柔らかい声が、彼女の肩口からタケルの耳に伝わる。
 くぐもった楽しそうな笑い声が心地よく響いてくる。
 
 一瞬にして、ロゼは砂浜に組み敷かれていた。
 
「きゃ!」
「油断しただろ、ロゼも?」
 
 見下ろすと、彼女が着やせする身体にはおっているのは、静子がタケルに用意したのと同じ白いパーカーだった。
 母にすべてを見透かされているようで、少し気恥ずかしくなり、パーカーから目をそらして彼女のかぐわしい髪に顔を埋めて言葉を探す。
 
「・・・まったく。驚いたよ。気配を消してくるんだもんな」
「だって、あなたがあんまり一人で楽しそうにしているから」
「フッ・・・」
 
 タケルは砂浜に肘をついて、彼女のをのぞきこんだ。
 優しいキスを落として、ゆっくりと顔を離す。
 
「いつも・・・」
 
 掠れて止まる声に、ロゼは首をかしげて続きを待つ。
 
「いつも、そうやって俺を見ていてくれた」
「・・・」
 
 波音だけが二人を包む。
 心からの謝意に、言葉はいらなかった。
 熱いくちづけが二人をつなぐ。 
 
 星降る空のもと、ひたひたと潮が満ちていく・・・。   

 

 

 

 

 

「タケル、タケル、起きなさい」
「う・・・ううーん」
 
 小さな唸り声をあげ、上掛けのブランケットにもぐりこもうとする息子の肩を、静子が優しく揺さぶる。
 
「タケル!」
「ふわぁ・・・。母さん・・・何時?・・・か、母さん!?」
 
 寝ぼけて飛び起きるタケルの姿を、ころころと笑いながら見つめている。
 
「8時半よ。七時には目覚まし時計がなってるはずなのにぜんぜん起きてこないし。疲れているだろうから少しは寝させておいてあげようとは思ったけれど、もう起きないと報告会に間に合わないでしょ?」
「わ!本当だ!勝手に止まってる」
 
 オフになったアラームスイッチを見て、焦る。
 いつ止めたのだろう、念動力を使ったのだろうか?
 考えている場合ではなかった。
 
 慌てて着替えを始める。
 静子はおっとりとしかし要領よく、タケルが脱ぎ捨てた服をそばからたたんでいく。
 
「あら、これも砂だらけね」
 
 椅子にかけてあった白いパーカーを手に取り、嫌な顔一つせず、足下の手提げかごに入れている。
 タケルはぎくりとしながら、何か言わねばと必死で言葉を探していたが、続く静子の何気ない独り言が、その努力を打ち砕いた。
 
「他のと別に洗わなきゃね。ロゼのパーカーも・・・。昨日は外、寒かったから、用意しといてよかったわ」
「!!」
 
 アンダーシャツを頭にかぶったままで、タケルは完全に言葉を失った。
 
(ヤバっ・・・)
 
 中間報告会は今日から二週間。
 予知能力を持つ彼でさえ、どんな出来事が待ち受けているかはわからない。
 
(だいたい、超能力者のオレが、なんで母さんのカンに勝てないんだ?)
 
 次に目を合わせてどんな顔をすればいいのだろう?
 母の偉大さと愛情をひしひしと感じながらも、明神タケルはまだシャツから顔を出せずに悩んでいた。
   

 

 
   end

 

 

 画像提供 Little Edenさま

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