旅立ち
ゆみ58さま
「荷造り、できたか?」
タケルの自室のドアが開いて、ナオトが顔をのぞかせた。
ズールを倒してはや数ヶ月。
明日、タケルは、宇宙に旅立つ。
──生きとし生けるもののために、広大無辺の宇宙で働け。
今は亡き、生みの父の言葉は、そのままタケルの強い希望となった。
固く旅立ちを決意して出した辞表を、大塚長官は豪快に笑いながら握りつぶした。
──宇宙の調査探索。
それが、大塚からタケルに与えられた新たな任務であった。
期間は、一カ年。
「ああ、ナオト。もうほとんど終わったよ」
「忘れ物はないだろうな?ちょいと取りに帰ってくるなんてできねえんだからなあ。コンビニが宇宙のその辺にあるわきゃあねえし・・・」
「ハハハ、そりゃそうだな」
ずいぶんと根を詰めて作業していたのだろうか。ナオトの軽口に応じながら、タケルは表情をほぐす。
海に面したバルコニーにつづく窓は開け放たれ、まだ冷たい海風が白いカーテンをなびかせている。
そう広くない部屋は、がらんとしており、ベッドの脇に置かれた大きなキャンパス地の鞄以外は、これといった物は何も見あたらない。
「今朝からこれだけ片づけたのかよ、まあ昨日も夜遅くまで打ち合わせしてたからなあ」
軽く口笛を吹いてナオトが感心する。
「もともと俺、そんなに私物持ち込んでなかったし、必要な物資以外は、なんでもかんでも載せていくって訳にもいかないしな」
「かまわねえだろ、六神ロボつれていくんだから。荷物の重量制限があるわけでもねえだろ?」
「まあ、そりゃそうだけど」
「お前は発想がカタすぎんだよ、そんなんじゃ、女にモテないぜ!」
ナオトは腕を組んで顎をしゃくる。
「ほっとけ!」
タケルも同じように意地悪っぽい表情を作って見せた。
「なーんか、シャクにさわるなあ、余裕ってとこか?明神クンよ。そうか、そうか、ロゼは優しいもんな」
「バッ!」
「いいよなあ、二人で宇宙をランデブーかあ」
大げさに自分の腕で自分を抱いてみせるナオト。
「そんなんじゃない!」
「じゃあ、どんなん?」
「・・・用事がないなら、出てけよ」
退出を求める割には、タケルの目元だけは笑っている。
「あら、そんなつれないこという?お餞別、もってきてやったのに?・・・ほれよ!!」
ナオトが掛け声とともにタケルの顔面めがけて投げて寄越したのは、小さな箱だった。
タケルはそれを片手でパシっと音をたててキャッチする。
「なんだ、これ?」
「アリガトウって先に言えよ」
「ありがとう」
「大切に使わせていただきます・・・だろ?」
「・・・大切に使わせていただきます」
訝しみながらもきまじめに復唱するタケルを見て、ナオトはプッと吹き出した。やがて腹を抱えて笑い出す。
「あっはっはっはー」
「・・・なんなんだよ、これ・・・?」
「大事なモンだよ、恋に目覚めた青少年!!・・・クククッ」
「・・・これってひょっとして・・・!?」
タケルは、たちまちカッと頬を紅潮させる。
「ぶわっはっはっはー、分かったのか?お前も成長したなあ!」
さらにナオトは笑いながら続ける。
「タケルお前、ちょっと前までは、チョコレートか?なんて言ってたくせに!・・・えらく綺麗な箱にはいってるなあ、とかなんとか言ってさあ」
以前、なにかの余興のときに、若い職員がふざけて持ち込んだそのパッケージは、確かにカラフルな幾何学模様に彩られていた。
「ナオトぉ・・・」
タケルは空いたほうの拳をぎゅっと握りしめている。
「やるか?」
「のぞむところだ!」
ヒュっと音を立てた、タケルの正拳突きを、ナオトが腕を十字にして受け流す。
ナオトは、続く二手目、三手目も巧みに防ぎながら、速いローキックを繰り出す。
タケルは軽く膝を曲げてそれを受け、素早く中段蹴りを見舞う。
「うおっ!」
大げさに声をあげるナオトだが、実際には皮一枚といったところで、タケルの蹴りはピタリと止められている。
二人は半歩づつ離れてファイティングポーズをとった。
そして同時に乱打を始めたとき、再びドアが開いた。
「やーめーなーさーい」
細くくびれた腰に両手をあてて、ミカが立っていた。
「まったくどうしてこう子供なのかしら。精鋭クラッシャー隊が聞いてあきれるわ。ワルガキ集団じゃないんだから!」
「まあまあ、ミカサン、抑えて抑えて」
「ミカサンじゃないわよ、ナオト!タケルは忙しいんだからね!第一、出発前につまらない怪我でもしたらどうするの?用事がないならさっさと仕事場に戻りなさい!」
「おお、こわ!・・・俺は、タケルに餞別渡しにきてんだよ、なあ、タケル!」
「あ、ああ・・・なあ、ナオト!」
タケルは顔を引きつらせながら、手元にあった小さな包みを慌てて鞄の中にしまい込む。
「・・・? 何もらったの、タケル?」
「そんなこといいじゃねえかよ、無粋なこと聞くんじゃねえの!」
そう言いながらナオトは、ミカの肩を抱えこんでドアのほうに向けようとしたが、ミカはぱっとそれをふりほどき、きびきびとタケルの前に歩み寄る。
「タケル、はい。これは私から」
薄いブルーのラッピングを施された、小ぶりの段ボールほどの大きさの箱が、タケルの手に渡される。
「ありがとう、ミカ」
「うふふ。薬用品なんかの詰め合わせなの。ファーストエイドや、抗生物質やなんかは、もちろん軍からの物資にはいってるんだけど。これはもっと日常用のなのよ。デンタルフロスとか、肩こり薬とか、薬用のリップクリームとか、疲れ目用の目薬に、のど飴でしょ・・・あ、あと肌荒れに効く入浴剤とかもいれといたの!ちょっとしたドラッグストアみたいでしょ」
ナオトがそこで口をはさむ。
「ミカ、ドラッグストアっていったら、アレもいれたかよ?」
「何?あれって」
「ナオトっ、ナオトー!・・・いいんだよ、ミカ。えっと、栄養剤ならたっぷり物資にはいってたぞ、ナオト!・・・本当にありがとう、ミカ」
「どういたしまして」
なぜか慌てふためくタケルに向けて、ミカが首を軽くかしげて、とびきりのチャーミングな笑みを見せる。
ナオトが続けて何か言いかけようとしていたが、タケルの小さな叫びがそれをさえぎった。
「あっ・・・」
形の良い眉根をよせ、タケルが表情を曇らせる。
「どうしたの、タケル?」
「栄養剤で思い出した・・・」
「なんだってんだ?」
ため息まじりに、タケルが話し始める。
「大塚長官が、さっき来たんだ。それで・・・これ・・・」
鞄の影からタケルが重そうに大きな箱を持ち上げて見せた。
「うわ・・・でっけえなあ。重てえ!何入ってんだよ」
「・・・栄養ドリンク・・・長官ご愛用のやつ・・・」
「愛用ってひょっとして・・・」
ナオトがひったくるようにして段ボール箱を開ける。
「・・・特製マムシスペシャル、かよ!!・・・こんなに?」
「ああ。こんなに」
やけにどんよりとした沈黙が三人の間を流れた。
「・・・置いてけ」
ぽつりとナオトが言う。
「でも、なんかせっかくもらったのに悪くて・・・」
「置いていきなさい、タケル」
ミカが哀願するようにしてタケルを見つめている。
「宇宙で具合悪くなったら、どうするの?・・・それ、普通の市販のじゃないのよ、長官自慢の特別生エキスなんだって・・・いつも聞かされてるじゃない」
「ああ・・・またさっき、たっぷり三十分聞かされた」
「三十分・・・武勇伝付きバージョンだな。マユツバの・・・」
こくりと肯き、うつむいてしまうタケル。ナオトは腕に抱えた大箱を気味悪そうに見やり、声を荒げた。
「俺が預かっておいてやる。誰にも内緒だ。男と男の約束だっ!!」
「ナオトっ!!ありがとう・・・感謝するよ!」
「いいってことよ」
歴戦の勇士達は熱い眼差しを交わした。
ミカが、両手を胸のところで組んでそれを見守る。
「ところでタケル、他にもヘンなモン、持ってきたヤツいねえだろうな?」
タケルは、ナオトこそ、と言おうとしてやめた。
ミカの前でそれを暴露するわけにはいかない。
「あ、ああ。そのほかは普通だよ」
「普通って、何もらったんだ?」
「ええっと、アキラはおやつたっぷり」
「・・・ったく、ガキじゃねえんだからよ」
「ああ。ガキじゃないから、200円とか300円とか、金額制限がなくてよかったって言ってた」
「・・・遠足ね。発想が、完全に」
「全くだ。・・・で、ほかには?」
「ナミダが、ゲームボーイ」
「・・・そりゃあ、考えようによっちゃあ、かなり役立つかもな」
「ま、そうとも言えるわね。ソフトもちゃんともらったの?」
こくりとタケルが肯く。
「それから、キャプテンが、ダンベル一式。旅の間に運動不足になるといけないからって。やっぱりキャプテンはいつもトレーニングを怠らないからな。さすがだなあ」
ナオトとミカは、宇宙空間においてのダンベルの重量について考え、それによるトレーニングの効果についても瞬時に推測したが、タケルのきらめく瞳の前では、何も言い出せずに終わった。
「ま、とにかく気をつけて行ってこいよ。・・・イロイロとな」
ナオトが意味深な口調とともにタケルの肩をバンっと叩く。
「そうね、ま、ロゼが一緒だから、心配ないわね」
「そうか?俺は、それはそれで、イロイロと、心配なんだがなあ、グフフ」
いかにもいやらしい笑い方をするナオトに、ミカは白い目を向けた。
「何それ?・・・ナオトじゃあるまいし」
「・・・ミカ、お前それ、どういう意味だ!?」
白熱しそうになるかけ合いは、あらたな来訪者によって中断された。
「あら、にぎやかね」
タケルの母、静子が優美な笑みを浮かべていた。
「はい。あの、私たちはこれで・・・。タケル、定時ミーティングでね!」
はきはきとミカが退出の辞を述べ、ナオトもそれに従った。
「おう!じゃあな、タケル」
にぎやかな二人の後ろ姿が、スライドドアの向こうに消えた。 波の音が、遠くに聞こえている。
「母さん」
「タケル、用意はできたかしら」
「はい」
にっこりと笑いながら答える息子に、静子は慈愛に満ちた微笑みを返した。
「そう。・・・いいお友達を持ったわね、いろいろとプレゼントをもらったのでしょう?」
「はい、母さん」
詳細を問われるのかとタケルはぎくりとしたが、母はおっとりと微笑むだけであった。
「タケル、これを持っていってね」
静子が後ろ手に隠していたものをそっと出す。
見慣れたフレームに収まった、それは明神家の家族写真であった。
クラッシャー隊に入隊した日、家族でとった記念写真。
真新しい制服と、今に比べればどこか幼さの残る自分が、はにかみながら映る。
父が、母が、優しい瞳で笑っている。
そう、このころは、このひとたちを両親と信じて疑うことすらなかった。
幸せな日々・・・。
とてつもなく遠い日々・・・まるで別の世界のことのようだ。
それでも、これが、この人達こそが、自分の──明神タケルの、家族なのだと、あらためて思う。
「ありがとう、母さん・・・」
涙が出そうになる。
まばたきを、繰り返す。
その気配を察したのか、母が努めて明るい声を出した。
「お父様も宇宙に連れて行ってあげてね。きっと喜ぶわ」
「・・・ああ。父さんなら、一日中窓にはりついて宇宙を眺めて、なんだか難しい理論とか、仮説とか・・・とにかく飽きる暇もないだろうから」
故人のありし日の姿を思い、親子は、おかしそうに声をあげて笑った。
旅立ちの日は、好天に恵まれた。
六神ロボはもちろん、ロゼの宇宙艇もカタパルトなどを必要としない。
それでも、出発予定時刻のせまるバトルキャンプの管制室には、少なからず緊張感が漂っていた。
「出発時刻五分間です」
澄んだミカの声にも、独特の張りが加わる。
インカムで何かやりとりを交わしていたケンジが、大塚長官のもとに歩み寄る。
「長官、ご指示のありました追加の物資、ただいま搭載完了致しました」
「ウオッホン、ウム。ご苦労。これで安心じゃ」
「ずいぶんとかさがありましたし、出発の時刻も迫っておりましたので、ガイヤーのコクピットにしか積めませんでしたが」
「ヨシヨシ、それでよい」
満足げに何度も頷く大塚をながめながら、ケンジがおずおずと質問する。
「あの、長官。・・・で、あの中身はなんなのですか?」
「ハッハッハッハ、宇宙で活躍するのに一番重要なものじゃ。ああ、タケルには前もって手荷物に入れておくように、ひと月分渡してあるんだが、あと11ヶ月分、必要だからな。ワッハッハッハッハ」
いつの間にか、カウントダウンが始まっていた。
やがて、勇ましい轟音と共に宇宙艇と六体のロボットが離陸し、瞬く間に光点となって蒼天の彼方へ消えていく。
広大無辺の宇宙へ──
タケルとロゼの旅は、今始まったばかりである。
end
男の子同士の会話にどっきどき。
数々のプレゼントも、贈り主のキャラが偲ばれる物ばかり。
しかし長官からのプレゼントはなにやら恐ろしげです。
どんな武勇伝なんでしょうか。
タケル、どうか無事で(笑)
2004.6.21 きり素材提供 六月さま Index Novel
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