見えない物を見ようとする誤解 全て誤解だ  今井ひさちさま

見えない物を見ようとする誤解 全て誤解だ

今井ひさちさま

 

 

その時初めてその人物と対峙した。ギシン星人でありながら地球人に味方する、 愚かな反逆者に。
俺に向かって兄、兄と連呼する。その男と俺は双子だと聞いてはいたが、過去の記憶が消された今では何の感慨もない。ただ、情報として俺の中にあるだけだ。
 
「俺には弟はいない。」
 
男は明らかに動揺していた。驚きと戸惑いの表情を浮かべたまま、しばらくの間無言で突っ立っていたが、恐る恐るといった感じで口を開いた。
 
「………もしかして、キオクソーシツってやつ?」
 
今度は俺が呆然とする番だった。いきなり何を言い出すんだこの男は?違う、と言いかけた瞬間、俺の目の前に信じがたい光景が広がった。
奴は笑っていた。それも大爆笑だ。何が可笑しいのか、俺にはさっぱりわからないし、大体笑う場面じゃないだろうここは。
 
「うそマジで!?マンガじゃないんだから!てか、今時マンガでも記憶喪失なんか流行んねーって!!」
「や、だからちが…」
「何、やっぱ『ここはどこ?私は誰?』とか言ったの?」
「あ、それは…。みたいな事は言った。」
「すげー!!マジうける!」
 
思わずまともに答えて、更なる爆笑をかってしまったようだった。呼吸もままならない様子で、涙まで流して、それでも笑い続けている。
ここは全力で否定せねば、と、大声で捲くし立ててしまった。
 
「だから違うって!人の話を聞け!記憶喪失じゃなくて、洗脳されたの!セ・ン・ノ・ウ!!」
「えええええええーーーー!!マジあり得ねーーー!!!」
 
火に油を注ぐとは、きっとこういう状況を指すのだろう。けたたましい笑い声が鼓膜を直撃する。
言わなきゃよかったと思ったが、もう遅い。
奴はいやと言うほど笑い、漸く気が済んだのか、涙を拭きながら話しかけてきた。
 
「マジすげえなあ、洗脳とかって、ほんとに出来んだな。あー、それで、俺の事敵だって思い込まされてんだ?」
「まあ、そんなカンジ。」
「ふうん。でも、弟ってのはホントだよ。って、俺もこの前聞いた話だからあんま実感とかってねーんだけど。」
 
奴は先日土星とやらで起こった出来事を簡単に説明してくれた。
 
「ああ、だよなあ、いきなりアカの他人から、俺とお前は兄弟だ、なんて言われても信じらんねーよなあ。」
 
この発言はまずかった。奴のツボにクリティカルヒットだったようだ。
 
「てか俺にそれ言ったのお前だし!!」
 
腹を抱えて笑ってる。本当に変な奴だ。俺の理解の範疇を超えている。地球で育つと誰でもこんな風になってしまうのか。あ、なんか忘れてると思ったら、俺はこいつと戦うつもりでここに来たんだった。いや、
本当にこいつが俺の戦う相手なのか。この俺が?こんなふざけた奴と?何かの間違いじゃないのか?
考えれば考える程馬鹿馬鹿しくて、もう何もかもがどうでもよくなって、半ば投げやりに、俺も一緒に笑ってみた。
 
「その割には、兄兄連発してたんじゃね?」
「それはあれよ、俺なりに感動の再会を演出してみた訳よ。」
 
肩をバンバン叩いてくる“弟”の限りなく無邪気な笑顔が、何故だか急に切なく思えて胸が痛んだ。
 
「…わりーな、何も憶えてなくて。」
「いいっていいって。気にすんなよ。お陰で楽しませてもらったしー。ま、立ち話もなんだから、俺んち来ねえ?
っても基地だけどな。」
 
返事をする間もなく、強引に俺の手を引っ張って歩き始めた時、
 
「あ、あの…」
 
後ろから遠慮がちに呼びかける小さな声が聞こえてきた。
 
「あの、隊長…?」
 
振り返ると、まだ事態を飲み込めてないらしい俺の副官が困りきった様子で立ち尽くしていた。
ああ、そう言えば彼女も居たんだった…。
 
「うわーーーーっ!!!」
 
耳元で弟が素っ頓狂な叫び声をあげた。今度は何だ?
 
「すげーチョー美人!!何?カノジョ?」
 
好奇心を剥き出しに弟が訊いてくる。違う、と言ってもどうせこいつは聞きやしないだろう。俺もこの短時間で学習した。今は何を言っても無駄だ。
 
「なんだよー真面目そうなフリして、やるこたやってじゃん!」
 
ようよう男前!ヒューヒューなどと奇声をあげ、ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでくる弟を睨みつけたが、全く効き目はない。こいつを黙らせる手立てはないのか。
 
「まあ、そこら辺は後でゆっくり聞かせてもらおうじゃねーの。」
 
と、弟は彼女に向かって手招きした。
 
「一緒においでよ。兄さんのカノジョなら、俺の姉さんだし。」
 
はあ!?何故話がそこまで飛躍するんだ?彼女もどうしていいかわからず、見てて可哀想な位困り果てている。だけどもう、俺には反論する気力もない。好きにしてくれ。
 
[取り敢えず行こう。戦う気はなさそうだし、すぐに殺されるって事にはならないと思うよ。]
 
彼女にそうテレパシーで伝え、俺達は弟の後をついていった。
気が付けば怒涛のような彼のペースにすっかり巻き込まれ、どっと疲れてはいたが、そんなに嫌な気分ではなかった。むしろ今は不思議な居心地のよささえ感じてる。
ふと、脳裏に映像が浮かんだ。暖かい暖炉の前での一家団欒。誰もがみな穏やかに微笑み、ゆったりとした時間が流れていた。或いはそれは、俺の失くした記憶の中にあった、懐かしい思い出なのかもしれない。
 
立ち止まって空を見上げた。初めて見る地球の夕焼けは、この世の総てを静かに包み込むように、辺り一面をオレンジ色に優しく染めて、沈む太陽に照らされた高い山は、神秘的なまでに美しかった。
やわらかな光の中で俺は、この星を守りたいと言う弟の気持ちが少し解るような気がした。

 

 

 

素材提供 創天さま

  

 

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