Wind of change 4

 

 〜 Wind of change 〜

甍 舞夢


 タケルの部屋のベランダ手摺にもたれ、マーグは夜空に浮かんだ月を眺めていた。ほとんど満月に見える月は中点を過ぎていた。よく見ると月は少しだけ欠けている。タケルが温かいコーヒーの入ったカップを持ち、ベランダにやって来るとその1つをマーグへ渡した。
「ありがとう」
 マーグはカップを手にすると、一口飲んだ。
 タケルもコーヒーを飲むと月を仰ぎ見て言った。
「今日は十三夜の月だな」
「十三夜の月?」
 マーグには初めて聞く言葉のようだった。
「日本だけにある言葉らしい。十五夜のように完全に丸い月じゃなく、満ちる前の美しさを愛でるらしい。 不完全だからこそ美しいってね」
 黙って十三夜の月を眺めているマーグに向かって、突然タケルは切り出した。
「さっき、調査団の間で僕らの父さんの命を狙ってるって言ってたろ?」
 何かに気付いたようにマーグはタケルを見た。
「父さんは生きてるのか?」
「…いや。俺が12歳の時に亡くなった…」
「やっぱりそうか…」
「父は身も心もボロボロだった。信頼出来る仲間達が意見の違いで憎むようになり、
 過激論を唱える者達は、母星であるギシン星に忠誠心を尽くすという大義名分下、地球人を好意的に思う父や他の仲間達何人かを殺したんだ」
 タケルは堪らず目を閉じた。
「あれ以来、父の息子である俺の命も危険になり、友好を唱える生き残りの者達は明神博士の計らいで地球防衛軍で暮らす事になったんだ」
「それで明神の父と大塚長官をよく知るようになったのか…」
「ああ。父が亡くなった時、明神博士は自分の肉親のことのように悲しんでくれた。
 そればかりか12歳だった俺も引き取って育ててくれようとした」
「…どうしてその時OKしなかったんだ?」
 マーグは悲しそうに微笑むと
「父を信頼し支持してくれてきた仲間達を置いていく事は出来なかった。ギシン星にも地球の良さを知ってもらいたかった。まだ子供の俺にとって、仲間から離れる事は裏切る事のように思えたんだ」
 そう言った。
「…それが僕だったとしてもやっぱりマーグと同じようにしてたかな」
「たぶん…」
 2人は顔を見合わせて笑った。
 そのうちタケルの顔から笑顔が消えていった。
「マーズ…?」
「やっと分かったよ…」
「え?」
「父さんが何故死んだのか…。あれは事故なんかじゃない。父さんも殺されたんだ」
 呟くように言ったタケルから、思わず目を逸らすマーグだった。
「俺達も充分気を付けてたんだ…。でも守れなかった。すまない…」
「マーグのせいじゃない。君の仲間のせいでもない。全ては人を疑う心のせいだ」
 そう言ったタケルの表情はマーグにとって、あまりにも印象的だった。
 淡い月の光を浴びたタケルは、清廉な光りに包まれた月神のように神々しい顔をしていた。
 きっと一生忘れられない表情だとマーグは思った。
「十三夜の月…か」
 ポツリとマーグは言った。
「不完全な美しさって言ったっけ…」
「うん。…満ちようとする姿が美しく見えるって…」
「まるで人間の事を言ってるみたいだ」
「…僕もそう思ってるよ」
 タケルは優しく微笑んでいた。
「十三夜の月を教えてくれたのは父さんなんだ」
「博士らしいな…」
 そして改めてタケルとマーグは十三夜の月を見上げた。
 東の空がいつの間にか白じんでいる。
 もうじき夜明けがやってくる。
 月を眺める2人は、かすかな夏の匂いを優しくそよぐ風の中で感じていた。
 17歳を迎える前に2人は自らの運命を知り、不完全ながら何かを掴み、新しい自分に気付き始めた。
 そしてこれから自分は何を大切にしてゆくべきかを…。
 初夏の風は2人にとって大人に向かう兆し≠フ風なのかも知れない。

  

  

    〜 終章。。。Epilogue 〜

 

 

 初夏の陽射しはあっという間に過ぎ、真夏を思わせる太陽が砂浜を焦がしている。
 防衛軍学校もしばらくの夏休みを迎えていた。
 今日、タケル達は海へ遊びに来ていた。
「あっ、そのチキンっ!」
 アキラが大声を上げた。
 オープンサンド用のパンの上にレタスをのせ、照焼きにしたチキンの最後の1切れを置いたミカはハッとしてアキラを見た。
「せっかく食べようと思ったのにぃ〜〜!!」
 そう言った後、マジでショックを受けたようにガックリと肩を落としたアキラだった。
「もうっ、大袈裟ねーーーー」
 ミカは驚きと呆れ顔でアキラを見た。
「チキンぐらいでそんなに喚くなんてまるでガキだぞ、アキラ」
 苦笑しながら言うのはナオトだった。
「だってサ、そのチキンすっごく美味かったんだもん」
「確かに美味しい、これ。マーグって料理上手いのね!」
 ミカは幸せそうにオープンサンドにかぶりついた。
「上手いも何も…。チキンは良いのを買ってきて、後はほとんど醤油と砂糖とお酒で味付けしてるだけなんだけど…」
 こんな料理で誉められていいのか?という戸惑いの表情を隠し切れないマーグだった。
「だってよ。お前もたまには料理すれば?」
 ゲンコツで軽くミカの頭を叩くとナオトは言った。
「えっへっへ〜〜〜、そのうちね」
 ミカは屈託なく笑っていた。
「マーグは大抵何でも一人でやってきたからね。料理の手際は良いし、美味しいし、結婚しなくてもいいんじゃない?」
 タケルは最後の一言をワザと嬉しそうに言った。
「なにをっ!?」
 マーグはタケルの頭を(ナオトとは違い)ゲンコツで殴った。
「痛いなーーもうっ。本気になることないだろぉ!?」
「お前は最近一言多いぞっ!」
「わわ、ごめんっ。ごめんてば兄さんっっ!!」
 ちょっと本気で怒ってるマーグを見て、タケルは海へ向かって逃げ出した。タケルを追っかけて走って行くマーグを日除け用に張ったテントの下で、呆然とその光景を
眺めるナオト、アキラ、ミカだった。
 6月にマーグとタケルは一緒に17歳になり、初めて一緒に誕生日を祝った。
 あれ以来、ちょくちょくマーグはタケルと一緒にナオト等の所へ顔を出し、今ではすっかり仲間の一人になっていた。
「一番のガキはあの2人じゃないか?」
 アキラは呆れて笑って言った。
「ああ、ホントだな」
「すっかり兄弟だもんね」
 ナオトもミカも嬉しそうに笑っていた。
 波打ち際まで逃げて行くタケルをマーグは追いかけ、後ろからタケルに飛びかかる
と2人はそのまま海の中に倒れこんだ。
 眺めていた3人は思わず『ああーーっ!!』と声を上げた。
 タケルとマーグのTシャツとジーンズはぐっしょりと濡れてしまった。
 海の中の2人にナオトは
「水着に着替えてからにしろーー!!」
 と怒鳴った。
 ミカは慌ててタオルを取り出すと、何食わぬ顔でミカの食べかけのオープンサンドを食べようとしているアキラに向かって
「アキラッ!のん気に食べてる場合じゃないでしょーに!これ持ってって!」
 言うなりミカはタオルをアキラに投げた。
 アキラは諦めてオープンサンドを置くと飛んできたタオルを取り
「へいへい。あ〜ぁ、ざんねん」
 とボヤきながら渋々立ち上がり、海に向かって歩き出した。
 ミカもテントから出ると2人を眺めていたナオトの方へ行った。
 海の中でじゃれるようにしているマーグとタケルには笑顔が零れている。
 それを見ているナオトは、心から安心したように微笑んでいた。
「嬉しそうね、ナオト」
 言われてミカの顔を見ると、ミカにも明るい笑顔が溢れていた。
「そういうお前も嬉しそうだな」
「そりゃぁね。タケルにはあの笑顔が戻ったし、マーグもだんだん17歳らしくなってきたしね」
「そうだな。初めて会った時のマーグはどこかぎこちなかったからな…」
「うん。マーグずっと独りだったから…。でも今はタケルが居るもんね」
「ああ」
 少し寂し気な顔になったナオトを見てミカは
「タケルが離れてゆくようで、寂しいんでしょ?」
「えっ…!?」
「ふふ、図星だな」
 ミカはタケルとマーグの姿を見つめながら自分にも嬉しさの反面、ナオトと同じような寂しさがあると気付いた。
「お前もか?」
「…そう…みたいよ」
「そうか…。でもアイツ等が変わったように俺達も変わるべきなんだろうな」
「そだね。いい意味で変わらないと、ね!」
 そう言ってミカは笑顔を見せた。
 びしょ濡れになったタケルとマーグを連れてアキラが戻って来た。
 ナオトとミカは3人の傍へ歩き出した。

 真夏はそこまでやってきている。
 潮風がゆったりとそよぐ雲ひとつない青空に、白い月がうっすらと見えていた。

 

 

− END−
 

 


  
甍 舞夢narumi8@pop21.odn.ne.jp
最後まで読んで下さった皆さま、本当にありがとうございます。
不定期な更新にも関わらず、読んで頂けたのは光栄の極みです。ホントに。

内容としては兄弟の出会いが私なりの解釈で書けたのは嬉しいものでした。
普通の17歳としてのタケル、マーグが描けたのもとても楽しかったです♪
少年の脆くて、でもしなやかで強い部分が書いてみたかった。
しかしタケルが泣くのはよくありそうなんだけど、
兄が泣いてるのは兄ファンにとってはどうなんでせう?
ちょっと反応がドキドキ…。
まぁ、こんな感じもあっていいんじゃなーい?と思って気楽に読んで頂けてたら
幸いです。
きりちゃん、また何か思いついた時はまた投稿させてね。
☆ 甍 舞夢 ☆

  まいむちゃん
すてきなお話を読ませてくれて本当にありがとう。
とてもさわやかな風が吹いているような、そんな雰囲気のある物語でした。
きり的には十三夜の月についてのところと、
双子が海辺ではしゃぐところがすっごいすき。
執筆、お疲れさまでした。
次回投稿作もいつでも送りつけてやって!
待ってまーす。

きり

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