Wind of change 3

 

 〜 Wind of change 〜

甍 舞夢


  
 今でもはっきりと覚えているわ。
 父さんは地質調査で出掛けていたの。調査が始ると泊まり込みが当たり前だった。
 ある晩、そろそろ休もうとした時に父さんから電話がかかってきたの。
 すぐ防衛軍病院へ来てくれ、と言われ私は急いで駆けつけた。
 行ってみると病院内は混乱状態。看護婦さんに何があったのか尋ねてみても、何も答えてもらえなかった。やっと父さんを見つけて事情を聞いたら、宇宙船の墜落だと言ったわ。父さんはその墜落現場の第一発見者だったのよ。
 宇宙船には20名余りの異星人が乗り込んでいて、ほとんどが救命用カプセルのお陰で助かっていた。でも、その宇宙船の中には生まれたばかりの赤ん坊が2人乗っていた。それが貴方達だったのよ。貴方達のご両親とマーグの救命用カプセルは何とか無事だったけれど、タケルのカプセルは故障の為か、貴方は重体だった…。貴方を助ける為に病院は手を尽くした。宇宙船乗組員の中には医師も居たから貴方達の人体の知識、医療、治療方法を踏まえながらタケルの治療が始った。
 宇宙船には高性能な治療器具も載せてあったけれど、墜落事故で使えなくなってしまった。仕方なく地球上の医学で、でき得る限りの治療を試みるしかなかったわ。
 異星人と地球人の努力が実って、タケルは助かったのよ。ただ、意識がなかなか戻らなかった。貴方達のお母様も助かったとは云え、怪我と産後の為に急激な環境の変化に身体がついていかず、すっかり体調を崩されてしまっていた。お父様は宇宙船乗組員のリーダーの任務として事故処理に追われ常に忙しかった。
 ご両親は無事だったマーグの世話は出来ても、重体だった貴方の面倒を見られる状態ではなかったの。やがて、ギシン星人と地球人の人体は驚くほど似ていることが分かり、治療もやりやすくなったわ。 それまで、ギシン星の人達は隔離状態だったのよ。
 こんな事情から、私達夫婦がタケルの面倒を見る事になった…。
 
 静子はここで言葉を切り、タケルの顔を悲しそうな笑顔で見つめた。静子と視線が合った瞬間、タケルには掛けるべき言葉が見つからなかった。
 突然、大塚長官の携帯電話が鳴った。
「ちょっと失礼」
 長官は急いでソファから立ち上がり、応接間から足早に出て行ってしまった。残された3人に気詰まりな沈黙が訪れた。かすかに大塚長官の声が廊下から聞えてくる。暫くして、大塚長官が応接間のドアを開けた。
「申し訳ないが、急に本部へ戻らなくてはならなくなりました」
「まぁ……」
「タケル、マーグにもすまないが失礼するよ」
 長官はマーグを見て促した。
「分かりました。じゃぁ、今日は…」
「長官、待って下さい!」
 タケルがマーグの言葉を遮った。長官とマーグは驚いてタケルを見た。
「彼を今晩だけでもいいです。この家に泊めていいですか?」
「え?」
「僕はもっと聞きたいことがある」
 そう言ってタケルはマーグを真っ直ぐに見た。マーグもまたタケルを見たまま、
「……長官、いいですか?」
 そう大塚長官に尋ねていた。2人の様子を見て何かを感じ取った大塚長官は、
「奥さん、よろしいですかな?」
 と静子に尋ねた。
「ええ」
「2人が話す時間は必要でしょう。明日の晩に迎えを来させますよ」
「分かりました」
「これでいいか?2人とも」
「ありがとうございます。無理を言って申し訳ありません」
 タケルは立ち上がって最敬礼した。
「ゆっくり話すといい。ではここで失礼させてもらいますよ、奥さん」
「はい」
 大塚長官は大きな体を揺らしながら出て行った。

 タケルは自分の部屋へ入り、灯かりを点けた。部屋は明るくなって、タケルの机の上、本棚、壁に貼ってあるポスター等がはっきりと見えた。マーグは入口に立ったまま、部屋全体を見回していた。タケルはポスターを貼った壁際のベットに腰掛けた。10畳ほど部屋は、意外にも整理整頓されていた。
 壁にあるポスターは漆黒の宇宙に青く輝く地球がポッカリと浮かんだものだった。
 マーグは部屋に入っても、そのポスターに釘付けになっていた。
「どうしたんだ?」
 タケルは不思議そうに声を掛けた。
「え?あ、ああ…何でもない」
「まぁ、座れよ」
 タケルは机とセットになっている椅子を指差した。
 その椅子にマーグは腰掛け、タケルの真正面に座った。タケルの後ろから地球のポスターが見える。
 マーグはひとつ深呼吸をすると、
「何から話そう?」
 タケルを見据えてそう言った。
「初めから…かな」
「初めから、というと俺達が生まれる前からの話になるな」
「僕らが生まれる前?」
「ああ。俺達の両親がどうして地球に来ることになったのか。その事から話さなきゃならない」
「教えてくれ。僕は何も知らないんだ」
 マーグは頷き、姿勢を正し話し始めた。

「俺達の父イデヤは地球でいう科学者のトップの地位に立つ人物だったんだ。ギシン星人達はもうずいぶん長いこと地球の存在を知っていた。地球人の素晴らしい生命力、好奇心、知識、文明、科学力。どんどん発展を遂げてゆく地球人達。その姿はギシン星人の昔の姿とあまりに似ていた。地球人の性質だけでなく、体内の組織までも似ていたんだ」
「だから、自分も今まで地球人と区別がつかなかったか…」
 タケルは悲しそうに笑った。
「…そういうことになってしまうかな。でもギシン星とあまりに似ている地球人と地球文明はギシン星人にとって、少しずつ脅威になっていったんだ」
「…何故だ?」
「地球の文明が進むにつれて、争いが起こることは必至だった。それはギシン星人も歩んだ道だったからだ。勝手な話だが、地球人が地球という星の中で戦争をする分には、ギシン星人にとって何の問題もない。だが、このまま地球の文明、科学力が進めば必ず宇宙へと進出するだろう。そうすれば地球人は他の知的生命体と出遭い、下手をすれば地球人と他の知的生命体との間で戦争が始ってしまう。そう判断を下したギシン星人は、地球の調査をするを決定した。地球と地球人をさらに詳しく調査する為に。 その調査のリーダーに選ばれたのが、父イデヤだった。
地球の調査はどれだけかかるか分からない。結婚していた父は母アイーダを一緒
に連れて行く事にした」
「その時、母さんのお腹に僕らが?」
「そうだ。ギシン星の科学力は地球よりも進んではいるけれど、地球までは地球上の
時間でいう2ヶ月という時間がかかった。そして俺達は宇宙船の中で生まれたんだ」
「僕は宇宙で生まれたのか…」
 タケルは夢を見ているような気分で呟いた。
「ああ、そして俺達は地球へ来た」
 そう言ってマーグはタケルの後ろの壁に貼られている青く輝く地球のポスターへと視線を移した。つられるようにタケルもそのポスターの地球を見つめた。
 タケルは一瞬、本物の宇宙船に乗っているかのような錯覚を起こした。
 宇宙船の窓から見える地球。
 漆黒の宇宙に青い宝石のように浮かぶ地球。
 薄い空気の層がこの青い星の周りをベールで包み込み、この星をさらに美しく見せる。
 自分達の住む星ではないのに、いつのまにか憧憬に似た気持ちを起こさせる。
 何故、この星はこんなに美しいのだろう…?
 のめり込むようにタケルはその情景を見ていた。まだ赤ん坊だった自分が、こんな
 情景を覚えているはずがない。なのに何故、こんなにハッキリとこの情景が現れるのか。ふと気付き、タケルはマーグを見た。
「今のは君が?」
「そう。両親の見た風景は俺にテレパシーで伝えられた。今のビジョンは俺達両親
の見た風景だ」
「僕達には、この特別な力があるのか?」
「ギシン星人みんなじゃない。ただギシン星人には比較的、この力<超能力>を
 持って生まれる者が多いんだ。父も母もこの力があった」
「そうか、それで…」
 タケル自身、子供の頃から抱いていた疑問が少しずつ解きほぐれてゆく。
 と同時に自分が地球人でない事、明神夫婦の実の子でない事、その事がタケルを苦しめる。
「地球の大気圏に突入した時、俺達の乗っていた宇宙船はトラブルを起こし墜落した。クルー全員が救命用カプセルに入り、俺達も勿論入れられた。ところがマーズのカプセルは故障を起こしていた。ここまでは明神夫人がさっき話した事だ」
 タケルは溜息をつきながら頷いた。
「マーズがもっと疑問に思う事は、どうして自分が明神夫妻に預けられたのか、という事だろう?」
「そうだ」
 知らぬ間にタケルの目が鋭くなった。
 どんな事も受け入れようとする意志の強さが、目つきでマーグにも伝わってくる。
 マーグはさらに話した。

「ギシン星人と地球人の体が酷似しているとはいえ、マーズの体が治るまでに地球の医学力では日数が必要だった。地球時間でいう3ヶ月程だったと思う。ギシン星の医療機器が残っていれば、そんなにはかからなかっただろう。その3ヶ月の間にギシン星人クルーの間で派閥が生まれたんだ」
「派閥?」
 タケルは思わず聞き返した。
「一体どんな派閥が出来たんだ?」
 タケルの問いにマーグは表情を曇らせ続けた。
「地球人を『友好的人種と認める者』と『好戦的人種と認める者』とに分かれたんだ」
「何だって!?地球人が好戦的?」
 タケルは気色ばんだ。
「どこをどう見て、そんな事が言えるんだ?」
 マーグはタケルの目をしっかり見据えて言った。
「世界各国に起こる内戦、宗教戦争、クーデター、テロ…」
 言い返す言葉は、タケルに思い浮かばなかった。
 しかし一言だけ呟くように言った。
「だけど、地球人は僕らを含めてギシン星人を救ってくれた…」
「そうだ。俺達は親切な地球人に助けられた。どう見ても地球人は友好的だと父は主張した。しかし、それと同時にギシン星人に対する怖れと警戒心、差別の目を持っていると主張する者」
怖れと警戒心、差別の目°ケに突き刺さる言葉。
 訓練学校の大勢の生徒達が、今まさに『その目』でタケルを見ている。
 なまじタケルには人の心を敏感に感じ取る能力があるだけに、地球人の本音がダイレクトに伝わる。 
 それはすでに言葉の暴力だった。
 肉体の痛みはなくても、心の痛みは限界にきているのかも知れない。
 あの怖れ、警戒心、差別の目≠ノタケルはすでに耐え切れなくなってきている事を感じ始めていたのだ。
 自分はまだそんなに大人じゃない。
 本当はいつも笑ってられる人間じゃない。
 ギシン星人だからといって、今までと何かが変わるわけではない。
 どうしてみんなに理解してもらえないのか?
 今までの自分をみんなはどう思っていたのか?
 タケルの心の中を哀しみと怒りが渦巻き、感情のコントロールが効かなくなった。
 途端に胸がわっと熱くなり、頬に温かいものが流れた。
 タケルは泣いていた。今まで堪えてきたものが一度に吹き出し、抑えられそうになかった。
――― どうして、こんな目に遭わなきゃダメなんだ。僕は何も悪いことなんかしていない!―――
 子供のような想いが心を貫き、肩を震わせ、声を詰らせながらタケルは感情に任せて泣いた。
 そんなタケルの肩に温もりのあるものが触れた。
 それはマーグの手だった。
 マーグに視線を向けると、マーグの蒼い瞳は涙で潤んでいた。
「マーグ…?」
「マーズの心の痛みが俺にも伝わってくるんだ…」
 そう言って、マーグは自分の胸を押さえた。
「今、マーズがどんなに辛いのかよく分かったよ。逆に良い仲間が居ることも…」
 マーグに言われ、タケルははっとした。
 ナオト、ミカ、アキラ、飛鳥長官、静子、大塚長官の顔が脳裏に浮かぶ。
 タケルはゆっくりと頷いた。
「マーズ、まだ辛い話をしなくちゃいけないんだ」
「ああ…、みっともないとこ見せたな…」
 タケルは恥ずかしそうに笑った。
「もう大丈夫だ。少し泣いたらスッキリしたよ」
 それを聞くと、マーグは安心したように微笑んだ。

「明神夫妻の手厚い看護のお陰で、お前の体は次第に良くなっていった。父も母も喜んでいた。だが母は事故の後すっかり体調を崩し、父は調査団の間の派閥争いを抑えるのに必死だった。そんな時、調査団から一つの提案があったんだ」
「提案…どんな?」
「お前を明神夫妻に預けることだ…」
「………」
「明神夫妻に看護され、お前も明神夫妻に慣れてきていた。反対に母は病気がち、父は仕事で多忙。小さな俺を父一人で面倒見るにも限界があった。そんな中、ギシン星人とよく似た地球人が住むこの惑星に、ギシン星人が住めるかどうか、という話が持ち上がった」
「………何だって?」
「………」
 マーグは話を始めてからずっと強い視線をタケルに向けていたが、初めて伏せ目がちに黙った。
「…それで僕が……?」
 タケルが呟くように言うと、マーグは静かに頷いた。
 それを見て、タケルは力が抜けたように壁にもたれた。
「僕は人体実験に使われたわけか……」
 呆然とした後、自嘲気味にタケルは言っていた。
「マーズ…!」
 マーグの鋭い目がタケルに向けられた。
「結果はそうだったかも知れない。でもあの時はそれが一番良かったんだ!父は調査団の過激論者を抑えるのに必死だった。母は身体の療養の為、父と離れて空気の綺麗な場所へと移された。赤ん坊だった俺も一緒に連れられて……」
 怒ったように捲くし立てて話すマーグが言葉を詰らせた。
「マーグ…」
「調査団の意見の食い違いはどんどんひどくなる。地球に対して嫌悪を持ったギシン星人は、そのうち父をも憎むようになって命まで狙うようになっていたんだ。母も俺も父の傍では住めなくなっていた。母と一緒に療養地に連れて行かれた俺だって、母と接する時間はほとんど無かった。療養地の看護婦に育てられたようなものだ。父はたまに療養地を訪れることしか出来なかった。母は俺が4歳の時に亡くなっ
た。俺は……地球人に預けられたマーズが羨ましかった…」
 言い終えたマーグの両目から涙が止めど無く流れた。
 さっきまであれほど大人びた調子で話していたマーグが、今は子供のように泣いている。つい1ヶ月ほど前、正が亡くなった時の身を刻まれるような痛みがタケルの心に蘇ってきた。それと同時にマーグに対し、共感と何か温かい感情が流れ込んでくる。血の繋がった双子の兄弟 ――― 。
 タケルが初めて知る感情 ――― 肉親の情、いや肉親への愛情だった。
 泣いている双子の兄を愛しく想う気持ち。
 タケルは自然とマーグを抱き締めていた。
「…ごめん。僕だけがひどい目に遭ってると思ってたのは間違いだった…」
「俺も心の何処かで、そう思ってたんだ…ごめん…」
 マーグもまた弟をしっかりと抱き締めていた。
 ――― 彼が本当に血を分けた双子の兄弟 ―――
 今、初めてそう感じる二人だった。

  

  

  


  
甍 舞夢narumi8@pop21.odn.ne.jp

  第三話です。
16年前の謎が解き明かされました。
次回で終わりだそうです。

きり

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