〜 Wind of change 〜 2
甍 舞夢
いつもなら講義、訓練が終わった後は寮に帰るのだが、今日は双子の兄に会う為にタケルは自宅に帰る事になっていた。この件は重要な事であるだけに、何処で2人を引き合わせるか、ということが問題になっていた。
地球防衛軍上層部としては、この問題を表面化させたく無かったのだ。
タケルに双子の兄が居る事は、まだ地球防衛軍内でも数人しか知らされていない。
知らされたのは明神博士とは仕事上でも、プライベートでも懇意だった大塚長官。タケルと一緒に訓練を積んでいるナオト、ミカ、アキラ。
そして、タケル達に訓練をし、やがて共に働く事になる飛鳥 ケンジ教官。
最後の一人は明神博士の妻である静子。
育ての父である明神 正の葬儀から、日数はまだそれほど経っていないのに、一ヶ月振りに帰って来た我が家は、まるで他人の家のように感じられる。いや、自分自身がこの家とは何の関わりの無い人間だったのだと、16年間自分を育んでくれた赤い屋根の家を見上げながらタケルは思った。
そして、この家で双子の兄と会う事になるとは一体どういうことだろう?自分とこの家は、やはり何かしら縁があるかのようだ。
タケルは門を開け、重い足取りで玄関まで歩き玄関ドアを開けた。
三和土(たたき)には見慣れない紳士靴が2足並んでいた。一つは体格の良い大塚長官が履いてるだろう革靴。もう一つはタケルでも履きそうな、茶色のローファー。
心臓が一瞬高鳴った。
兄が居る≠サの圧倒するような現実感がタケルを襲った。玄関先で立ち竦んでいるタケルに、静子が声を掛けた。
「タケル、お帰りなさい」
「…あ、ただいま、母さん」
「大塚長官いらしてるわ」
「うん。もうちょっと待っててもらえるかな。着替えて来るよ」
靴を脱ぎながらタケルはそう言うと、2階の自分の部屋へ上がって行った。
背中から静子の心配気な表情が伝わる。
自分の近しい人達が自分を心配し、気遣ってくれる事は本当に有り難いと思う。と同時に、この重苦しい気持ちは何なのだろう?今までに無かった人間関係の難しさがタケルの心を一層重くさせていた。
この目に見えない重苦しさ、気遣いから解放される事はあるのだろうか?
防衛軍学校の訓練生の好奇心と差別の目。
今までの仲間達の気遣い。何より、自分自身がその事に対処仕切れない自分への苛立ち。自分がこんなにも子供だったのかと思い知らされ、自己嫌悪に陥る。
あのナオトとミカの目が忘れられない。あの目はタケルを心配し、叱咤してくれている。それなのに、彼らの目を真っ直ぐに見られなかった自分。
こんな自分が、また前のように明るく笑えるのだろうか。
タケルはそんな取り止めの無い事に思いを馳せながら、淡いグレーの横縞ストライプのボーダーとジーパンに着替ていた。◆ タケルは階段を降り応接間に行こうとした時、廊下の一番奥 ――亡くなった父の書斎で人の気配を感じた。何かに導かれるように、タケルはそのまま書斎へ向かった。地質学者だった父の書斎は、壁も天井も木材で造られ、いつも木の温もりを感じさせていた。幼い頃タケルはよくこの部屋を来て、まだよく分かりもしないのに父の専門書を開いて眺めていた。心を和ませ、癒してくれる優しい書斎だった。
タケルは書斎のドアをそっと開けた。
この部屋は父の死んだ後、まだ片付けられていない。静子にとってもタケルにとっても、まだこの書斎は正の思い出が多く詰まり過ぎていた。
窓際の大きな机の上には、様々な辞典や書類、専門書が積まれたままになっていた。壁一面にある 本棚にも、同じようにありとあらゆる本が並んでいる。
窓から春の陽射しが優しく降り注ぎ、机の上の本達を陽射しが包んでいる。
その机の傍に、タケルと同じような背格好の青年が立っている。ずっと窓の外を眺めたままだった。真っ白なシャツにブルージーンズ姿の青年は、ようやくタケルに気付いたかのように、ゆっくりとこちらを見た。あっと思った瞬間、その後に続く言葉が思い当たらず、そのまま青年を見つめた。
優しい陽射しの中、その青年は静かに微笑んでいる。
「君がマーズか…?」
彼はタケルに向かって、そう言った。
その時 ―――
タケルは遠い記憶の中へと滑り込んでいった。
4歳くらいの頃だろうか、タケルは同い年くらいの男の子とよく遊んでいた思い出が蘇ってきた。その少 年は自分とよく似ていて、タケルのあの不思議な力が目覚めた頃から目の前に現れた。知らないうちに人前でこの力を使い、両親に叱られ落ち込んだ時、また誉められて嬉しい時、よく似た少年はふっと現れふっと消えた。
あの少年が今、自分の目の前に居る。そんな気がした。
名前は…確か、そう…
「マーグ…?」
タケルは呟くように、いつの間にか彼の名前を呼んでいた。
マーグと呼ばれた青年は、それを聞いて頷いた。
再びタケルの脳裏をある記憶が過った…。「オレはマーグ」
「ボクは明神タケル」
「ふーん、変わった名前だなぁ」
「父さんが付けてくれた名前なんだ。悪く言うなよ」
タケルはふくれた顔をして反論すると、
「ごめん。オレの星じゃ、そんな名前ないから…」
マーグは穏やかに言った。
「星?君は地球人じゃないの?」
「うん、違うんだ」
「ふぅーん。…じゃぁ、ボクに君の星にありそうな名前付けてよ」
タケルは明るく言った。
「そうだなぁ…。じゃ、マーズ」
「マーズ…。へへ、なんかカッコイイな」
ちょっと照れクサくて、でも新しい友達に、新しい名前を付けてもらえた喜び。
マーグもタケルがその名前を気に入ったのが分かると、嬉しそうに笑っていた。「君はあの時の…」
タケルは目の前に居る青年に向かって話しかけた。するとマーグはあの少年の頃より、ほんの少し大人びた笑顔をタケルに見せた。
「何年振りになるかな?」
不意にマーグは言った。
「えっ?」
タケルは驚いた。あの子供の頃の思い出をマーグも覚えているのだろうか?
そして、タケルにまた一つの記憶が蘇ってくる。
マーグと遊んでいる時、よく静子に言われたことがある。
「一体、誰と話してるの?」
目の前にマーグが居るのに、とタケルは不思議に思った。マーグの姿は、タケルにしか見えないようだった。
「タケルは空想が好きな子なんだよ」
父は母に納得させるように笑って言っていた。
でも、いつの頃からか、タケルにも友達が増え生活が学校中心になるにつれ、彼は現れなくなった。そしてタケルはいつの間にか、彼を記憶の引き出しの中へ仕舞い込んでしまった。
「タケル、どうしたの?」
背後から静子の声がして振り返ると、静子と大塚長官が立っていた。
書斎の奥にマーグが居るのを見つけると、長官は驚いた表情をした。
「マーグどうしたんだ?」
「すみませんでした、明神さん。勝手にこの部屋に入ってしまって…。この部屋のドアが開いているのを 見つけたら、何となく入ってみたくなってしまって……」
「いいのよ、気にしないで」
静子は微笑んで言った。
「窓からあの銀杏の木を眺めていたら、マーズが入ってきたんです」
そう言いながらマーグはタケルの隣りに立ち、タケルを見た。
すぐ傍で見る兄の目、口元、髪。
――― 似ている。鏡のように、とまでは言えないが、やっぱり似ていると感じる。
マーグの瞳の色は濃いブルーグレー。
それに離れて見ていると分からなかったが、傍で見るマーグの髪の色はダークグリーンだった。タケルは言葉も無く、兄を見ていた。
「そんなに見られると、たとえ兄弟でも照れるな」
「あ、悪い…」
タケルは慌てて目を逸らした。
「別に謝らなくていいよ」
マーグが笑って答えた。
「こんな所で立ち話もなんだ。さぁ、部屋に戻ろうか」
大塚長官の言葉に促され、4人は応接間へ戻った。
ソファに座ると大塚長官はタケルに改めてマーグを紹介した。
「君の双子の兄である、マーグだ」
「………」
「どうしたんだ、タケル。さっきから無愛想過ぎるぞ」
大塚長官が苦笑いを浮べて言った。
「…いえ、何を言えばいいのか分からなくて…。すみません」
「まぁ、無理もないか。博士が亡くなってから、タケルの周りは何もかも変わってしまったからなぁ」
「…ええ」
タケルが答える代わりに静子が答えていた。
「その事を大塚長官から聞いた時は驚きました」
突然、マーグはそう言った。
「あなた知ってたの?」
静子が驚いた声を上げて聞いた。タケルもまた驚くしかなかった。
「ええ、知っていました。オレは地球に居るようになってからずっと大塚長官、明神博士から分かっている事全てを聞いていました。マーズのこと、地球のこと、ギシン星についてのこと」
タケルにとって初めて聞くことばかりだった。
「どういうことなんだ?!母さんは知っていたの?」
自分だけが何も知らされていなかったのか?
自分は何故、地球人として育てられたのか?
本当の父と母は?
そして何故、育ててくれた父は死んでしまったのか?
あまりに多くの疑問があり過ぎた。
「私はあの人がマーグと連絡を取り合ってるなんて知らなかったわ」
「この事を知っていたのは、私と博士とマーグの両親――タケルの両親でもあるが、それとマーグ本人だ」
大塚長官はそう言って、出されてあった紅茶を一口飲んだ。
「奥さんが知っていたのは、タケルがギシン星という遠い惑星の子供ということだけだった」
大塚長官にそう言われ、タケルは隣りに座っている母を見た。
静子は黙って頷いた。
「今から16年前、私は突然病院へ呼び出されたのよ」
静子は16年前の出来事を語り始めた。
甍 舞夢narumi8@pop21.odn.ne.jp
第二話です。舞夢ちゃんありがとう!
もー続きが気になってしょうがないっすよ。
16年前、一体何があったんですか?
第三話、楽しみにしてます!
きり
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