everything 1
ゆみ58さま
1
ズールとの最後の戦いが終わって一週間。
地球は祝賀ムードと、かけがえのない平和への厳粛な想いに満ちあふれていた。
バトルキャンプにおいても、臨戦配備状態は解かれ、地球内外の安全管理や、さらなる宇宙開発に向けてあらたな業務体制が構築されていった。
「しっかし。今度の勤務シフト。ありゃ、大塚長官の陰謀だな。」
ナオトは、コーヒーカップを傾けながら意味ありげな口調で言った。
「え、なんで?タケルとロゼがずっと二人一組ってことかい?」
アキラはまだあどけなさの残る瞳を輝かせながら問いかける。
「そうさ、あいつらをくっつけてその隙に明神夫人にアタックってとこじゃねえのか?」
「そりゃ、ナオトの考えすぎ・・・ってこともないかもなあ。」
アキラはナオトの読みを笑い飛ばそうとしたが、途中でふと真顔になる。
すかさずナオトは強い調子で続けた。
「だろ! 超能力の平和利用を研究するためとか、あの二人を、親善使節にしてギシン星やらマルメロ星やらに送り出すための準備って名目らしいが、怪しいもんだぜ。」
二人の何やらいやらしい笑いを、若い女性の朗らかな声がさえぎる。
「こらこら。お兄さんたち、やかない、やかない。」
軽やかな足取りで喫茶室に入ってきたミカは、サーバーからコーヒーを入れる。
「他に誰もいないからって大きい声でそんな話するんじゃないの。」
「わかりゃしねえよ、あいつには。なんたって恋する青少年だからな。」
大げさに両腕を広げておどけるナオト。
「まあね。」とミカも少し肩をすくめてため息をつく。
「そうそう、お安くないよな。俺だっていっぺんでいいから彼女とずっと一緒なんて仕事で給料もらいたいよ。ふたりっきりの時間だって多いんだよね。」
アキラののんびりとしたせりふにミカはまたふっとため息をついてこたえる。
「しかたないでしょ。あの二人が宇宙へ向けての親善使節っていうのは、まさに適任でしょ。オトコのひがみはみっともないわよ。」
たしかにタケルとロゼの急接近ぶりにはミカも少し驚いていた。
あのオクテのタケルの行動パターンを考えると、あの最後の戦いの最中になにか二人を結びつけることがあったのだろうと彼女なりに想像していた。
もちろん、地球すべての人々の生死さえも賭けた戦いの中での、タケルへのロゼの愛の告白が聞こえたわけではなかった。
しかし、誰の目から見ても二人の雰囲気は変わっていた。
今朝もミカは、朝食がのったテーブルを挟んで数十秒間も見つめ合うタケルとロゼを目撃してしまった。
あわただしいバトルキャンプの朝食時に、このふたりの行動はいやでも人の目についた。
このところ彼らは、よくお互いを無言で見つめ合っている。
テレパシーで何か会話をしているのだろうか、とも思うのだが、それでも見ている方が照れてしまうのだ。
実際、ロゼは地球の文化や生活習慣などを、周りの人に気づかれぬように、タケルにテレパシーで聞くことも多かった。
クラッシャーのメンバーやバトルキャンプのスタッフたちと少しでも円滑に打ち解けていきたいというロゼの心遣いがタケルにはうれしかったし、文化の違いというのは言葉で説明するのはなかなか難しく、テレパシーを用いた方が、ずっと手早く、何より的確に伝わるのだった。
それでも、二人が見つめ合う時間の何割かは、そういった日常の些細なアドバイスのためのものではなかった。
むしろ、テレパシーを使っていないときも多かったのだ。
何か言葉を口にすることも、心に直接語りかける必要もなく、お互いに伝わるもの。
恋。
超能力さえ必要とせず、お互いを愛する気持ちが心にじかに響いてくる。
互いが同じ気持ちを共有しているということさえ、心を切なく痛くさせる・・・。
2
不思議なものだな・・・。とタケルは思っていた。
俺はなぜもっと前にロゼの気持ちに気づかなかったのだろう。いや、心の奥では知っていたのではなかっただろうか。
あの時、二人がまだお互いを殺すべき敵としていたとき。
落下したクレバスのなかで、急速に遠ざかる意識の中で互いの手をとったのは、超能力者として、生存するためのただ本能的な行為であったのかもしれない。
しかし、そのとき二人は、触れ合った手から伝わる体温と共に、相手が抱く悲しみと苦しみを深く感じあった。
同じ一人の、かけがえのない人間を失った深い悲しみ・・・。
タケルにとって、たったひとりの大事な兄を・・・。
ロゼにとっては、一個のバトルマシンにすぎなかった自分を、一人の女性として慈しんでくれたひとを・・・。
耐え難い悲しみを二人は初めて己以外の人間と共有したのだった。
数奇な運命にもてあそばれ、若くして逝った彼が、最後に残した言葉・・・。
「悪いのはズールだ。ギシン星のすべてがズールと同じではない。俺はそう信じている・・・。」
冷たい洞窟に倒れ、薄れゆく意識の中で、二人の脳裏にその言葉は幾度も繰り返し響いていた。
若くして逝った彼が伝えたかったのは、彼自身の大切な人たち同士が、決して憎しみあってはならないということだった。
あのときから、俺たちは恋に落ちていたのかもしれないとタケルは思った。
しかし当時の二人には、その想いを心の表面に出すことができなかったのだ。
それはマーグを永遠に失ってしまったことへの、強いわだかまりであった。
お互いを許し、理解し、支え合えというのがその人の遺志であったとしても、その人の死後まだ数ヶ月もたたぬうちに、自分に対してそれを完全に納得させることができなかったのである。
ましてズールとの戦いが続く中、そのように上手く気持ちの整理ができるほどの余裕は時間的にも精神的にも皆無であった。
なにより彼らは、今よりさらに若かったのだ。
それから時は流れた。
年齢的にはまだまだ十分若い彼らではあるが、ここ数年につんだ経験は二人を見違えるほどに成長させていた。
3
断崖絶壁につくられた要塞バトルキャンプはまた、豊かな自然に恵まれていた。
岸壁に打ち付ける波の雄大さと、裏手に迫る山林の緑。すこし足をのばせば波の静かな海岸もある。
タケルとロゼは潮の引いた海岸の岩場にたたずんでいた。
足下を小さなカニがせわしなく動いている。
「俺のお気に入りの場所なんだ。ちょっとリラックスしたい時とか、ひとりで考え事をしたい時なんかに、よくここへくるんだ。」
引き潮の時だけ現れる砂州につづくこの場所は、バトルキャンプからも岩盤にかくれて見ることができない。
「そう、すてきなところね。海をひとり占めしている感じだわ。」
海風にあおられる緑色の髪を、白く細い指がかき上げている。
「ロゼ・・・。」
タケルは背後から彼女をそっと抱きしめた。
「ロゼ・・・風に飛ばされてしまいそうだよ。」
くすっと笑いながらロゼが言う。
「マーズ、私はそんなにヤワではないわよ。」
ロゼは振り向いてタケルの首に手をまわし、まだ何か言いかける彼の言葉を唇で軽くふさぐ。
まだ、かすかな緊張と照れを隠せずにいる彼の表情を、たまらなく愛おしく思う。
細い腰に回された逞しい腕はそのままに、ロゼは再び海の方に体を向け、彼の胸に頭をもたせかける。
「マーズ。私は、そう、ギシン星きっての戦闘隊長だったのよ。」
「もう、それは言わない約束だったじゃないか。」
タケルはロゼを抱く腕に力を込める。
「ええ、わかっているわ。もう後悔したりしないし、自分を責めたりもしない。」
それは二人の間でもうずっと前に誓ったことであった。二人にとって大切なひとの遺志を、そしてそのひとが生きてきた意義を決して無駄にしないために・・・。
「ただ、この私が今までしてきたことのなかで、あなたに知っておいてほしいことがひとつあるわ。」
青い海と砕ける白い波頭を見続けるロゼの表情を窺うことはできないが、その口調と、触れ合う体を通じて伝わってくる波動はとても落ち着いている。
それがかえって彼の心を不安にさせていった。
「ロゼ!」
彼は彼女の肩に手をかけ荒々しいばかりに自分の方を向かせて、彼女の唇を己の唇でふさぐ。
激しい口づけはしだいにやさしく、包み込むように、ついばむようにと変わっていった。
恋人たちの長く甘い口づけの後。
ロゼは、まるで母親がむずかる子供をなだめるように、タケルの頬にキスをする。
(今晩、私の部屋にきて。そのとき話すわ。)
そのキスは接触テレパスとして彼女の言葉をタケルの脳裏に伝えた。
ぼんやりとたたずむタケルと相反してロゼは軽く身を翻した。
「さあ、そろそろ明神夫人がもどってらっしゃるころよ。おいしいケーキを焼いてくださるんですって。」
明るく笑いながらロゼは機敏な足取りでバトルキャンプの方に向かって歩き出す。
「あ、ああ・・・。」
軽く頬をさわりながらタケルは動悸を感じていた。
彼女の言葉が彼を不安にさせ、まだ頬に残るキスの感触とそれが伝えた言葉の意味を考え、さらに鼓動が速くなる。
4
時計は夜11時をすぎていた。持ち場に着く夜勤スタッフ以外は自室に戻り、明朝の勤務に備えるというのがバトルキャンプでの規則であった。
ロゼは自室の海に面したバルコニーに気配を感じた。
「マーズ・・・。」
ガラス戸が開き、海風で大きくはためくカーテンがまるでスクリーンのように人影を映している。
そしてそれはためらいがちにゆっくりと部屋の中へ入ってくる。
「ロゼ・・・。」
二人は何か会話を交わそうとしたが言葉が浮かばなかった。テレパシーを用いることさえなく見つめ合う二人は、やがて引きよせられるように抱きしめあう。
タケルがロゼの髪に指を絡めると、甘い花の香りがふわりと匂いたった。
彼はさらにきつく彼女を抱きしめたい衝動を抑えて、少しかすれた声で言った。
「ロゼ・・。話って何なんだ?」
彼の腕の中で彼女は何も答えなかった。
代わりに、彼女はその特殊な能力を用いて部屋の明かりを消した。
「ロゼ?」
彼女はさらに彼の逞しい胸に深く顔をうずめる。
潮の香りに満ちた部屋は月明かりに青く照らされ、あたかも海の底の世界に迷い込んだようであった。
タケルは軽く目眩をおぼえた。
ロゼの肩を彼女の形のよい細い指が滑り、彼女の美しい肢体を包むローブを床へと落とした。
うろたえるタケルにロゼはそっとくちづける。
(マーズ、私を・・・。)
触れた唇から脳裏に伝わる声が響き終わらぬうちに彼は彼女をさらに強くだきしめていた。
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