everything2 ゆみ58さま

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

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ゆみ58さま


 

 5

 

 

 若くして戦いの日々を過ごしてきた彼にとって、それは初めての経験だったのだが、時折感じる不思議な「既視感」が、彼にやすらぎと深い悦びをもたらした。
 
 二人並んでベッドに横たわりながら徐々に恍惚とした感覚が醒めてゆく。
 それにつれて、タケルの心の中では、先ほどの不思議な既視感が「だれのもの」であったかということが明らかになっていった。
 
 あれは「既視感」ではない。あれは「残留思念」。
 あれはだれかがロゼの体と心に残したもの。
 だれか、そう、他ならぬ双子の兄、マーグが・・・。
 
 
 
「マーズ。これが私があなたに伝えなくてはならなかったこと・・・。」
 
 タケルの心の内を読んだかのようにロゼは無機的な天井をじっと見据えながら言った。
 
「ロゼ、君はマーグと・・・。」
「そう。私は洗脳されたマーグの監視役だったわ。作戦中はもちろん副官として常に傍らに付き添い、そしてベッドも共にしていたわ。」
 
 タケルの表情をうかがうこともなくロゼは続けた。
 
「それが私に与えられた任務だった。特に就寝中は超自我意識の働きが活発で洗脳が解けやすい状態になることがある。それだけではないわ。心だけでなく体でも彼を虜にするのだと・・・。それがさらに洗脳を強固にし、マーグを完璧なバトルマシンに育て上げる。女の私にしかできない貴重な任務だといわれ、私はたいそう光栄に思いながらそれを遂行していたのよ。」
 
 淡々と語るロゼにタケルは何も答えられないでいた。
 
「そう、任務だったわ。はじめはね・・・。けれどだんだんとそれだけではなくなっていったわ。」
「マーグを、愛していた?」
「そうね、本当に愛し合っていたのならずっとよかったと思うわ。そう感じた?」
「・・・。」
「違ったでしょ。それも全てあなたには知っておいてほしかった。あるがままに伝えたかったの。」
 
 にわかに体勢を変えタケルに向き合うロゼの瞳には涙があふれていた。
 
「お互いを哀れんでいたわ。そして、寂しくて・・・だれかのぬくもりがほしくて私たちは体をかさねていたのよ。」
 
 月明かりを映す涙をためたロゼの瞳を綺麗だな、と思いながらタケルはどこか麻痺したような気持ちで彼女の言葉を聞いていた。
 
「私はマーグに癒されていたわ。それなのに私は、マーグの洗脳がとけかかるたびに、矯正をしつづけていた。あなたのことを、マーズのことを、忘れなさい、マーズは敵だと・・・。」
「ロゼ・・・。」
「彼はきっと、私がそんなふうに洗脳を施し続けていることに気づいていたわ。もちろん洗脳自体は、あのとき南極で解けるまで完璧につづいていたけれど。彼の精神感応能力は特に優れていたから・・・。それでも彼は私を信じ、哀れみ、最後まで私に優しかった。」
 
 ロゼの涙は止まることなく流れ続けた。
 
「なのに、私はマーグを殺した。」
「言うな、ロゼ!マーグはズールに殺されたんだ。」
 
 ロゼの言葉をさえぎりながらタケルは彼女の体を強く抱きしめた。
 
「ロゼ、俺は君を愛している。例えどんな過去があったとしても、それを含めて君の全部を愛している。
過去は消えるものでも忘れられるものでもない。でも、その過去が今の君を、そして俺を築いているのだから・・・。だからもう、過去にとらわれて嘆くことはないんだ。俺は君を愛している。」
「マーズ・・・。許してくれるの、私を?」
 
 彼はまた新たにあふれだす彼女の涙をそっと唇で拭いつづける。
 
「マーズ。愛しているわ。心から・・・。」
 
 夜はさらに青く静かに更けていった。

 

 

 

 

 

 翌朝、タケルはロゼの部屋から廊下へ出て数メートルというところで、ナミダにばったり会ってしまった。
 ナミダは、「うっ。」と思わず小さな声をあげてしまったタケルと、ロゼの部屋の扉を見比べながら問いかける。
 
「あれ?タケルさん。まさかロゼさんの部屋でなんか悪いこととかしてたんじゃない?」
 
 いつの間にこんな物言いをするようになったんだ、ナオトやアキラが余計なことをふきこんでいるんだな、などと考えながら、タケルは心の中で舌打ちした。
 
「い、いや。べつに悪いことはしてないさ。」
 
「じゃ、なにしてたの?」ナミダは無邪気に聞き返す。
 
「あ、あー、あの、えーっと。良いこと。だから、気にするな。」
「なんだ、そうなの。じゃ、僕、ジョギングいってくるから。」
「ああ。がんばれよ。」
 
 ほっと胸をなで下ろすタケルだった。
 しかし、ナミダが「タケルさんは、ロゼさんの部屋で何か良いことをしてたんだって。」とジョギング仲間のアキラに打ち明けるのは、およそ3分後である。
 
 
 
 そんなこととはつゆ知らず、タケルは自室のベッドに寝転がりながら物思いにふけっていた。
 ロゼの告白をなぜあんなに冷静に聞くことができたのであろうか?
 マーグの死そのものはズールによるものだと、以前から完全に自分を納得させてはいた。
 しかし、マーグとロゼのただならぬ関係を、あのようなかたちで知らされて、自分はなぜあまり動じることなく受け入れることができたのだろうか?
  
 
 
「あのようなかたち・・・だったからか・・・。」
 
 もしも普通に言葉でロゼの口からその事実を伝えられていたならば・・・。
 マーグへの(あるいはロゼへの?)嫉妬と、愛なく成立していた二人の関係に対する失望で怒りの感情を表してしまっていたかもしれない。
 
 しかしあの時彼女の体から伝わってきたのは、マーグとロゼのお互いを大切に慈しむ想いであった。
 たしかに男女の恋愛感情ではなかったのであろう。
 しかし過酷な状況下にあって二人は互いを必要とし、求め合ったのである。
 タケルにとって大切な二人がそのように支え合って生きていたということは、むしろありがたくさえ思えるのであった。
 そして、あの薄幸の兄に安らぎを与えてくれていたのだと思うと、ロゼに感謝をおぼえずにはいられない。
 
 ふと、タケルは、薔薇の騎士の甲冑姿がとけた時のことを思い出した。
 あの時、ロゼに触れた瞬間に感じたマーグの気配は、ほとんど違和感なく彼女の体にとけ込んでいた。
 それは昨晩感じた不思議な感覚ととてもよく似ていた。
 とにかく不快というわけではなかったな、と彼は思う。
 マーグとロゼ、かけがえのない二人をシンクロしながら感じることはむしろ、彼に愛しさと幸福感をもたらしたのだった。
 どこからが誰の心でどこまでが誰の身体か分からずに溶けあっていた。
 無意識に枕を抱きかかえていた自分に気づき、一人赤面する。

 

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