muse1 ゆみ58さま

 
muse 1

ゆみ58さま


 
 壊滅の危機迫るマルメロ星から、その双子星に人々が移住してから1年。

 
   
かつて死の星といわれた面影はすでになく、豊かな自然に囲まれた平野には、小さいながらも家々が立ち並び老若男女が平和と希望に満ちた日々を送っていた。
 
 
 
 移住した人々が己の住処を急ごしらえで造った後、真っ先に協力して取りかかったのが教会の建築であった。
 長年の抑圧と迫害、戦い、そして母星の大変動。
 人々は心の平安を求め、祈りと誓いを捧げる場所を求めた。
 大聖堂とよべる荘厳な建物はすべて人々の自主的な労働によって落成した。
 そして、その式典には、マルメロ星変動時に大船団を派遣し人民の移住に貢献したクラッシャー隊も主賓として招待されていた。
 
 
 
 「コスモクラッシャー着陸完了しました。」ミカのよく通る声を合図に機内の全員がほっとため息をつく。
「了解。あとは管制指示にしたがってくれ。」ケンジも安堵の表情を見せる。
 
 ナオトは大きく伸びをして深呼吸した。
 
「はあ。長距離運転ごくろうさま。」
「運転じゃなく航行って言ってくれよな、ナオト。」
「似たようなもんだ。なあ、タケル。」
「確かにな。」くくっと笑いながらタケルがこたえる。
 
 
 
 タケルは半年前に親善大使として派遣されていたギシン星から、この度の招待に応じるために急きょ、ロゼを伴って地球へ帰還していた。
 ギシン星とマルメロ星はこれまで交流がなく、当初同行を遠慮したいと申し出たロゼだったが、今回はクラッシャー隊の貴重な「友人」としての非公式な紹介ということで、マルメロ星側からの賛同も得て同行することとなった。
 
 
 
「フローレさんにやっと会えるんだね。ロゼさんとフローレさん、まさに両手に花ってかんじで僕はうれしいよ。」
「まあ、ナミダ君、どうして私が入ってないの?」はしゃぐナミダの頭にミカはぐりぐりと拳を押しつける。
「痛い、痛いよ。ミカさん。」
 
 情けないナミダの声に機内はどっと笑いに包まれる。

 

 

 

 

 簡素ながらも実用的な新設の宇宙港。
 
 
 
 ゲートで彼らを出迎えたのは他ならぬフローレであった。
 
「ようこそ、クラッシャーのみなさん。」
 
 ほほえむフローレにすかさずナミダが飛びつく。
 
「ナミダくん、元気だった?」
「うん!フローレさんもまた綺麗になっちゃって。髪切ったんだね。よく似合うよ。」
「ナミダのやつ・・・。」ナオトとアキラは同時に同じセリフをつぶやき、お互いの顔を見合わせる。
「会いたかったわ、フローレ。」
「ミカ。元気そうね。」
「ええ、私がしっかりしなきゃ、こんな男どもばっかだと地球も危ういものだわ。」
「まあ。」
 
 口元を形の良い手で押さえながらフローレが楽しそうに笑う。
 
「フローレ。」
「タケル。ようこそ、皆あなたを首を長くして待っていたのよ。」
「紹介するよ、フローレ。ギシン星で和平活動をしている、ロゼだ。」
「ようこそ、ロゼ。私たちはあなたを大歓迎しますわ。」
「ありがとうございます。」
 
 ロゼは少しはにかみながら、フローレが差し出した手を握り返す。
 
「さあ。あなた方の宿舎にご案内するわ。贅沢とは言えないけれど、心からのおもてなしをさせていただくつもりよ。」
「ヤッホー!」ナミダが片手を突き上げて飛び上がる。

 

 

 

 

 ドームを幾重にも組み合わせた大屋根にはステンドグラスが張り巡らされ、色とりどりの光が広大なホールに降り注いでいた。
 祭壇へと続く長い通路を歩くクラッシャーのメンバーの靴音は、無人の大聖堂のなかで殷々と響き渡る。
 フローレは祭壇の前で跪き、朋友の無事の到着を神に感謝する。
 しばしの黙祷の後、フローレは軽やかに立ち上がった。
 
 
 
「ミカ、明日の式典ではあなたに一つお役目をしてもらおうと思っているの。」
「えっ?私?」
「そう。今回の式典はこの大聖堂の落成を祝うだけのものではないの。こうやって新しく平和な世の中を築いていくことができる幸せを感謝し、あの戦いで犠牲になった人々の功を労い、魂の平安を祈るためのもの。迫害されてきたマイナスエスパーたちの支えとなり、彼らを率いてきたガッシュには特別に追悼の祈りが捧げられることになっているわ。」
 
 その名前は、まだ決して古くないミカの心の傷に触れ、彼女の大きな瞳が揺れる。
 
「ミカにはガッシュの遺影に代表で献花をしてほしいの。」
「私・・・。私なんかが?」
「あなただからこそよ。彼が一番喜ぶのではないかしら。」
 
 フローレが優しく微笑みかける。
「やれよ、ミカ」
 
 ナオトがミカの肩をポンと叩く。
 
「・・・うん。」かろうじてミカは涙声でそう答えた。
 両手で顔を隠す彼女を、皆が無言で見守る。
 慰めの言葉はもう彼女には必要ないのだと、彼らには分かっていたからだ。

 

 

 

 

 クラッシャー隊メンバー達に用意された宿舎は、議事堂や会議施設などの公共施設に併設された建物にあった。
 これらは決して華美ではなく簡素にして機能的であった。人々から集められる税金といったものがいかに有意義に利用され分配されているかの現れであるようであった。
 
 
 
 新しい町並を一望できるテラスで、タケルとロゼは心地よい新緑の風にあたっていた。
 
「ミカは、とてもつらい思いをしたのね。知らなかったわ。」
「ああ。」
「地球で再会して、すこし雰囲気が変わったかしらとは思ったわ。綺麗になったわねって言うと、彼女、大恋愛したからねって言ってたわ。何か、ふと悲しそうな顔をしたからそれ以上聞くことはなかったのだけど・・・。」
 
 タケルはテラスの手すりに背をもたせかけながら、晴れ渡る初夏の空を見上げため息をつく。
 
「ミカは、ガッシュを埋葬した後、彼の墓前で自殺をしようとした。」
 
 ロゼははっと息をのむ。
 
「急ごしらえの墓に掛けられた彼愛用の銃でね。そのとき俺たちはみんな傍にいたのにミカを制止できたのはフローレだけだった。」タケルは空を見つめながら続ける。
「初恋だったそうだよ。初めて会ったときから・・・。戦いの中でほんのひとときしか一緒にいられなかったけれど、それでも一生を賭けての恋だったって。」
「・・・そう。」
 
 ロゼは悲しげに目を伏せる。
 
 
 
「俺たちは、あの、日頃の明るく屈託のないミカから、それほどまでに熱い気持ちと、血を吐くような悲痛な思いを聞いて呆然としていた。だから彼女がガッシュの銃を手にしても次の動作を予測することなんてできなかった。大の男が不甲斐ないよな。」
 
 タケルは自嘲気味に、口元だけに笑みともつかぬ表情をうかべた。
 
「不甲斐ないということはないわ。男の人だから分からなかったのよ。」
 
 ロゼはタケルの傍らに寄りそい、彼の腕を取る。
 
「そう・・・かもしれないな。それに、その後フローレは、その銃をミカに渡したんだ。俺たちは皆ひやひやしていたよ。一刻も早く銃をミカの手の届かないところに、それこそ蹴り飛ばそうかとまで考えていたから・・・。泣きじゃくるミカにフローレはこう言ったよ。ガッシュにもらった命をその銃で守り抜きなさい、彼の遺志を無駄にしないように戦いなさい、それはガッシュの形見だってね。」
「わかるわ。フローレの気持ち。ミカを前よりもずっと強く立ち直らせたのは間違いなく彼女だわ。」
「ああ。」
  
 タケルはすばやく周囲を見渡し、人影がないのを確認すると、ロゼの頬に手を添えて軽く唇を重ねる。
 
「女の人は偉大だよ。ロゼ、君だってどんなに俺を強くしてくれているか・・・。」
「まあ。」
 
 ロゼの白く滑らかな頬が薔薇色に染まる。
 
「さあ、みんなのところに行こう。あんまり二人でいると、はやされちまう。」
 
 二人は手をつなぎながら建物の中に入っていった。
 

 

 

 

 大聖堂は広大なフロアも桟敷席も全て人々で埋め尽くされていた。
 抑圧されてきた人々を支え続けたシキール法王の死後、彼の片腕として長年働き、人望も厚い司祭が後継者として今回の式典を取り行うことになっていた。
 天井のステンドグラスから降り注ぐ淡い光と、焚きしめられた香のかおりが厳粛かつ幻想的な雰囲気を醸し出している。
 
 
 
 司祭は静かに式典の開始を告げ、新たな祈りの場所としてこの大聖堂が神の祝福を賜るように祈りを捧げた。
 いくつかの祝詞の朗詠のあと、式典は、これまでの戦いで散っていった者達への鎮魂の儀へとうつっていった。
 はじめにシキール法王への感謝と祈りが捧げられ、数人の僧侶達と、新政府代表と呼ばれた壮年の男性が祭壇に花をたむける。
 
「あれぇ?代表ってフローレじゃないんだ。」
 
 アキラがクラッシャーの仲間達にだけ聞こえるようにごく小声でささやく。
 
「ほんとだなあ。そういえばフローレはどこにいるんだ?」
 
 ナオトはこっそりとあたりを見回すが彼女の姿は見あたらない。
 フローレとは、昨日、到着直後にこの大聖堂を案内してもらってからは、一度も会っていない。
 一緒に取るはずであった夕食も、式典の準備に追われてご一緒できないと、事前に謝罪の連絡が入ったきりであった。
 クラッシャーのメンバー達が人目をはばかりながらもきょろきょろと視線を泳がせているうちにも儀式は進んでいた。
 
 
 
 司祭が壇上からおごそかに一人の男の名を告げた。
 
「我らが同志ガッシュ。彼は抑圧された人民のため、救国のために、その若き命を捧げ、そして今日の建国の礎となりました。 彼の魂が安らかならんことをここに祈ります。」
 
 その言葉を合図に、クラッシャー隊の傍に控えていた若い僧侶が、ミカを祭壇前に案内する。
 百合に似た白く大輪の花束を受け取り、ミカは壇上へと進んでゆく。
 方々から射し込む淡い陽光に照らされた彼女の横顔は、凛として美しく、涙はなかった。
 それは誰も見たことのないミカであった。
 
 ミカをこれほどに強く美しい女性として成長させるほど、彼女のガッシュへの想いは深く、そしてガッシュの愛は彼の死後もミカを包み込んで見守っているのであろう。
 
 「うちの紅一点もたいしたもんだな。」
 
 ナオトはクラッシャーの男達皆の心中を代弁した。
 自分もいつか、相手を成長させられるほどの恋をすることがあるのだろうか。
 ふとナオトはそんな考えにとらわれ、心の中で一笑する。

 

 

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