sweet home ゆみ58さま

 

sweet home 1

ゆみ58さま


 

 

1

 

 

 宇宙管制センターとの何度かの整然とした交信のあと、ロゼの宇宙船はギシン星の首都郊外の宇宙港に着陸した。
 
 祝砲と数え切れない人々の出迎えが彼を待っていた。
 彼の名はマーズ。
 この星をズールの侵略から解き放ち平和をもたらした救世主ともいうべき人物が、地球からの親善大使として再びこの地を訪れたのだ。
 
 さらに、彼は元来ギシン星人であり、卓越した科学力を率先して人民のために役立てようと尽力した伝説の科学者イデアの息子でもある。
 
 そしてその英雄とともに帰還したロゼも、かつて軍の配下にあったとはいえ、その後のズール打倒の活躍や、残存勢力の討伐指揮、和平活動への貢献などから、人々の尊敬と絶大な信頼を集めていた。
 
 宇宙船のタラップに彼らの姿が見えたとたん、出迎えの人々の歓声はわれんばかりに宇宙港に響き渡った。
 彼らは口々にマーズとロゼの名を呼び続け、両手をたかくかかげ万歳をするものもいた。
 
 ロゼは、半ば呆然としながら立ち尽くすタケルに、手を振ってこたえるようにそっとうながした。
 彼がぎこちなく手を上げた瞬間、歓声はさらに怒号のようにエスカレートし、二人がタラップに横付けされたエアカーの後部座席に乗り込んでも、まだ止むことはなかった。
 
 滑らかに走り出したエアカーの中でようやくタケルは、ふうっとゆっくり息を吐いた。
 
「ああ、びっくりした。」
 
 ロゼが心底驚きの表情を見せる彼をみておかしそうに笑う。
 
「だって、あなたはここではヒーローなのよ。考えたこともなかったみたいね。」
 
 タケルはさらにきょとんとする。
 
「俺はただ、地球を滅ぼそうとしたズールを倒しただけで・・・。」
「ただ、じゃないのよ。あのズールを倒したのよ。ギシン星やその植民星でズールの圧政に苦しんでいた人たちを救ったのよ。」
 さらに言葉を続けようするタケルを制し、ロゼはエアカーを運転する宇宙港職員の後姿をちらりとみやった。
 せっかくの歓迎ムードにすこしでも水をさすような発言は今後気をつけたほうがよいと、ロゼはその言動でタケルに示したのだった。
 
 その日タケルとロゼの二人は、何十人もの新政府要人と挨拶を交わし、数ヶ所での歓迎レセプションに出席した。

 

  

2

 

  

 深夜近くになってやっと、新政府ビルの高層階にある宿泊施設のスイートルームに案内されたときにはさすがのタケルも少々疲労の色が隠せなかった。
 ボーイ係が、御用の折はなんなりとお申し付けくださいと、うやうやしくドアを閉めて退出したとたん、タケルは大きなソファにどさっと腰掛けた。
 
「はあ。つかれた。」
「ふふふ。お疲れ様。でもきっとあと2,3日はこんな感じだとおもうわよ。」
「耐えられるかなあ。」
「何を言ってるの。救国の英雄が。」
 
 ロゼは、クスクスと笑いながらタケルに冷たい水を入れたグラスを差し出す。
 
「意地悪だなあ、ロゼ。」
「仕方ないわよ。これだけの熱狂的な歓迎こそ、あなたが、マーズが、地球からの親善大使として選ばれた理由でしょう?」
 
 タケルは小さく息を呑んだ。
 ・・・確かにそうだ。
 終戦以降急速に宇宙ステーションは整備増設され、まだ多少不安定ながらもギシン星と地球との画像通信は、ほぼタイムラグなしにできるようになっていた。
 優秀な外交の専門家は地球にいくらだっている。
 けれど、地球で育ったギシン星人は、たった俺一人なんだ。
 その俺がまず友好の礎となるのだ。
 
「客寄せパンダみたいなもんだな」
「え?」
 
 タケルは一人で楽しそうに笑った。
 考えてもみなかった歓迎ぶりや、自分を英雄視する人々に戸惑った一日であったが、ロゼの一言で妙に自分を納得させることができた。
 
 部屋の中にしつらえられた小ぶりのバーカウンターから、ロゼが薄いオレンジ色の飲み物が入ったグラスを二つ持ってきた。
 
「はい。どうそ。疲れがとれるわよ。」
 
 彼女はタケルの隣に座り、グラスをひとつ彼に手渡す。
 
「われらが英雄に乾杯。」
「意地悪な姫君に乾杯。」
 
 二つのグラスが澄んだ音を響かせる。
 今日起こった出来事を、冗談も交えながら楽しく談笑していると、あっという間に時計は深夜を回っていた。
 
 
 
 タケルは、自分の体が少し火照ってきていることに気がついた。
 先ほどの飲み物に酔ったのか、それとも・・・。
 自分の制止も効かぬうちに、彼の手がすぐ隣に座るロゼの華奢な肩に伸びてゆく。
 彼女をソファの背もたれに押し付け、唇を重ねる。
 いつもよりすこし温かい彼女の唇を感じ、さらに深くその息吹を奪いたいと、細い腰に腕をまわす。
 とまらない・・、と彼が感じた瞬間。
 彼女がにわかに席を立つ。
 
「さあ、私はそろそろ帰るわ。ルイも待っていると思うし。」
 
 ロゼは何事もなかったかのように、にっこりと笑う。
 拍子抜けしてソファから見上げるタケルであったが、やがて彼女の英断に感謝した。
 室内には彼らふたり以外誰もいないとはいえ、今自分はギシン星中から注目を浴びる人物である。
 この宿泊施設だけでも何人も従業員がおり、このあたりに取材にはりついている報道関係者も少なからずいるらしい。
 到着初日から、ロゼと・・・という噂がこの星中に広がることを想像し、背筋に走る悪寒を感じた。
 
「ああ。ルイによろしく伝えてくれ。」
「ええ。じゃあ、また明日。おやすみなさい。」
 
 ロゼは背伸びをしてタケルの唇に軽くキスをする。
 
「おやすみ。」
 
 タケルは重厚な木製のドアを閉めたあと、自分の唇に手をやりつぶやいた。
 
「意地悪な姫君か・・・。」
 
 軽いキスの感じが、やけに残っている。

 

 

3

 

 

 次の朝、ロゼは控えめなノックの音で目を覚ました。
 一瞬、ここがどこであったかわからずまだぼんやりとした焦点をめぐらせる。
 自室の見慣れた厚いカーテンの隙間から差し込む陽射しは、もう早朝といえる時間のものではない。
 まるではねるようにベッドの上に飛び起きる。
 
「姉さん、起きていて?」
「ええ、ルイ。ごめんなさい、寝坊しちゃったわね。」
 
 ロゼの応えを待ってゆっくりとドアが開く。
 カーテンを開け、ふりそそぐ暖かな光の中でロゼは両腕を上げ、しなやかな身体をゆっくりと伸ばしていた。
 夜着がかすかに光に透けている。
 また、きれいになったわね、姉さん・・・。
 
 
 
 ルイにとってロゼは自慢の姉であった。
 軍幹部とレジスタンス、敵同士の立場に分かれたときもあった。
しかし、それは自らの故郷をよりよくしていきたいという意思が、悲運にも異なった手段を選んでしまっただけに過ぎない。
 今では心からそう思える。
 それほどにルイは物心ついたときから、この姉のひととなりを尊敬し、慕ってきたのであった。
 そしてまた、ロゼもルイのことを、何をおいても大切な妹として慈しんでいた。
 
 ズールのバトルマシンとして戦いの日々を送った姉。
 その彼女を一人の人間に戻してくれた人、マーズ・・・。
 彼はまた、彼女に女性としての生き方や幸福を、導き、与えてくれているのだろう。
 ルイにとってそれは、ギシン星系の再興と同等に、いや心のそこではそれ以上に喜ばしいことであった。
 
「姉さん、マーズもまだ起きていないみたいよ。スケジュールもあるから、そろそろ起こしてくれるように電話でホテルに頼んでおいたわ。朝食はこっちでいっしょに摂りましょうっていうのもね。」
「え、朝食?」
 
 ルイは玉をころがすように笑う。
 
「だって、新政府ビルって言ったって、目と鼻の先じゃない。マーズだって慣れないところで一人で食事なんてかわいそうよ。」
 
 ロゼとルイが居宅にしているのは、新政府ビルと同じ敷地内にたつ、一戸建て型の官舎であった。
 これら新政府の建物や用地は、かつてズールが君臨していた巨大な居城とそれに隣接していた特権階級者の邸宅、あるいは軍の建物を再利用したものであった。
 さすがに不気味にそびえていた天守そのものは取り壊されたが、星全体の復興には莫大な資金がかかる。
 よほど都合の悪くない限り、「あるものは利用する」というのが大原則となっていた。
 
 まだ昼には少しだけ早い、柔らかな陽射しが庭を包んでいた。
 緑の芝の上にだされたテーブルには、果物やパン、卵料理、搾りたてのジュースやヨーグルトが並んでいる。
 
「さあ、マーズも姉さんもどんどん食べてね。なんたって私のお手製なんだから。」
「味はいちおう私が保証するわ。」
 
 ロゼがにこやかに付け加える。
「じゃあ、早速いただきます。」
 
 タケルも疲れがとれたのか、いつもの爽やかな笑顔をとりもどしていた。
 昨日は、レセプションつづきで豪華な料理は何度も目前に並べられたが、緊張と疲れでちゃんと味わえたものはあまり記憶にない。
 ぐっすりと長めの睡眠をとった体に、心づくしの手料理がありがたかった。
 
 時折渡る風が、木々の緑と何か甘い花の香りを運んでくる。
 丹精に整えられた、というよりは、それぞれの草花自らが一番美しい姿で、自然に育っているという風情の庭であった。
 といっても決して手が加えられていないわけではなく、花々の配色や、木々の生育度合いに適した配置は、この庭を大切に育てる者の心意気を表しているようであった。
 ロゼとルイ、この姉妹はどちらもこの美しい庭によく似ている。
 のびやかに、力強く、そして慈愛に満ちて美しい。
 また心地よく吹く風に、体の隅々まで洗われていくようにタケルは感じていた。

 

 

4

 

 

 数週間後、一通りの歓迎式典は終わり、具体的な外交準備としていくつかの公式非公式の会議や報告会が行われていた。
 それらに出席するかたわら、地球側にもその内容を報告し、また地球から数々の書類や通信が送られてくる。
 タケルはその対応に多忙を極めていた。
 元来、軍人としての訓練に明け暮れ、戦いの日々を送った彼にとっては、慣れぬ部類の仕事であった。
 ロゼはそれを慮って、時折、飛行技術の交換などという名目でギシン星製の戦闘機や宇宙船の操縦をタケルに教えたりしていた。
 またタケルが、ロゼやルイたちの家で食事を取るのは日課となっていた。
 彼女たちの手料理はいつも栄養バランスと味付けに気を配ったものであり、また食事中の会話もタケルの心をなごませた。
 そんなある日、朝食を済ませたタケルにロゼが語りかけた。
 
「マーズ、今日はあなたに見せたいものがあるの。」
「俺に?」
「ええ。午前中は特に急ぐ仕事ないでしょ。」
「あ、ああ。」
 
 
 
 ロゼとタケルを乗せたエアカーは、少し街中をはずれたところにある邸宅の前でとまった。
 
「ここは・・・!?」
 
 意匠を凝らした優美な門柵からは、緑の濃い庭と、広い屋敷が見える。
 呆然とたたずむタケルの表情から、彼がこの邸宅がなんたるかを把握しているということは見て取れたが、ロゼはあえて口にした。
 
「そう。ここはイデア科学長官の屋敷。あなたとマーグの家よ。」
 
 タケルは門柵を開き、一歩踏み出す。
 
 そうだ。俺は知っている。父イデアからマーグへ、そして俺に継がれた記憶・・・。いや、俺自身が知っているのかもしれない。ここは、俺たちの家だ・・・。
 
 二人はゆっくりと庭にまわりこんだ。
 いくつかの曲線をあわせたようなプールが澄んだ水をたたえている。
 このプールサイドにお気に入りの籐椅子を出し、母アイーダはよく双子を抱いて日光浴をしていた。
 ちょうど今日と同じような、新緑の香りにむせかえるような日々・・・。
 あふれんばかりの母の愛情を受ける双子の赤ん坊。
 聖母のごとく美しく慈愛に満ちた母。
 やさしく見つめる父の瞳。
 
 マーグから伝わった記憶や映像だけではない、確かに俺はここにいて母の胸に抱かれていた。
 幸せな家族がここに確かにあった。
 
 タケルの瞳から涙が一筋流れ落ちていた。
 自分自身の記憶としてはじめて実感した、亡き父母のぬくもり・・・。
 短い間とはいえ、ここでともに育った亡き双子の兄への想い・・・。
 ズールがいなければ、存在し続けたはずの、幸福と愛情に包まれた家族の幻影を彼は垣間見ていた。
 涙がとまらない。
 
「さあ、中へはいりましょうか。」
「ああ。」
 
 まるで子供のように袖口で涙をぐっと拭う。
 ロゼはそんなタケルの背に手を添え、屋敷の中へと彼を促す。
 
 
 
 吹き抜けのエントランスホールの大理石は天窓から射し込む柔らかな光で白く輝いていた。
 その正面には2階に続く大階段が優美にうねっている。
 右手には庭に張り出すようにサンルームがつづき、開け放たれた窓からはここちよい風が新緑の薫りを運んでくる。
 彼にはどの景色も新鮮にそして懐かしく感じられた。
 2階に上がろうと階段に近寄ったとき、脇に置かれたサイドボードの上に彼の視線は釘付けとなった。
 そこには彼の記憶にあった籐椅子に座り双子を両腕に誇らしげに抱くアイーダと、寄り添うイデアの写真があった。
 タケルは壊れ物に触れるかのようにそれをそっと手に取る。
 
「その写真は最近になって復元されたのよ。」
 
 タケルは無言でうなずく。
 印画紙やフレームが真新しい。
 
「この屋敷も庭もすべて、イデア長官の偉業をたたえる有志によって修復されたの。新政府の樹立後、イデア長官の反逆罪はもちろん無効とされ、その地位も復帰したわ。貴族制は廃止されたけれど、正当な彼の財産、つまりこの家は、実子のあなたに相続された形になるということよ。」
「俺に?」
「ええ。ここはズールの統治時代は謀反人の家として買い手もつかず荒れ放題だった。今度あなたが帰ってくる・・ここの人たちはそういう認識をしているみたいだけど、とにかくあなたの住む家が必要になるっていうことで、修復作業が進められたの。昨日完成したって連絡が入ったわ。」
「ロゼ、俺は・・・。」
「マーズ、あなたが戸惑う気持ちはわかるわ。でもこれはあなたとイデア長官に対する、この星の人々からの好意なの。もちろんあなたがまた地球に戻ることもわかっているわ。それでもここはもともと、ギシン星でのあなたの家なのよ。」
「ありがとう・・・。まさかこの家をこんな風に見ることができるなんて思ってもみなかった。俺が受け取ったマーグの記憶には、憲兵に荒らされたこの家の風景のかけらがあったから・・・。」
 
 
 
 ふたたび思案に沈みかけるタケルを呼び戻すようにロゼは明るい声で彼に問いかけた。
 
「もう、今日からでも住めるようになってるのよ。仕事が終わったらホテルの荷物をここに運びましょうか?」
「あ、ああ。」
「そうしましょう。エアカーも一台手配するわ。ここからなら新政府ビルまで10分かからないわ。」
「ただ・・・。」
「ただ、何か?」
「ああ、こんな広い家に一人で住んだことってないからちょっと・・・。」
「すぐに慣れるわよ。」
 
 ロゼはブレスレットの時計をちらりとみた。
 
「あら、大変だわ。そろそろ会議の時間。ごめんなさいマーズ。お屋敷の探検はまた後でいいかしら。とにかく一度ここにあなたを案内したかったから・・・。」

 

 

 

 

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