sweet home ゆみ58さま

 

sweet home 2

ゆみ58さま


 

 

5

 

 

「それでどうだった?マーズは!」
 
 ロゼが会議を終えて執務室にもどると、ルイがぱっと顔を明るくして問いかけてきた。
 かねてイデアの同僚の科学者たちからあがっていた、彼の屋敷の修復を、この機会に率先してすすめたのは他ならぬルイであった。
 
「ええ、もちろんよろこんでいたわ。」
「そう、よかったわあ。なにか言ってた?」
「マーグから荒らされたあの家のビジョンを受け取ってたみたいで、こんな風にちゃんと見られるなんて思ってもみなかったって言ってたわ。」
「今日から住むんでしょ?」
「ええ、仕事が終わったら荷物を運ぶわ。そうそう、彼、こんな広い家に一人で住んだことないから・・・とか言って、なんだか不安げにしてたわ。」
 
 ロゼは愉快そうにクスクスと笑う。
 ルイは急に少し真剣な表情になる。
 
「姉さん、それでなんて言ったの?」
「え?すぐ慣れるわよって・・・?」
「あーん、もう!わかってないわねえ。姉さん!」
「だって、子供じゃあるまいし、」
「子供じゃないからでしょうが!」
 
 ルイはため息をつき、机に突っ伏す。
 そして数秒後に顔を上げると、まだ不可解そうにこちらをみつめる姉に諭したのであった。
 
「姉さん、それって、姉さんに一緒に住んでほしいってことなんじゃないの?」
「えっ?一緒に・・・って?」
 
 たちまち透けるように色白の顔から耳まで赤く染まる。
 
「そ、そんな意味じゃないとおもうけど。」
「絶対に、そ、う。マーズってウブなとこあるからきっとストレートには言いにくいわよ。」
 
 年下の妹から、男性に対してウブ、などという言葉を聞くとは思ってもみなかったが、そういえばルイのほうがこういう分野では、昔から自分よりも一歩先んじていたような気がする。
 
「そうしなさいな、姉さん。あそこなら広いし、うちの官舎やあのホテルよりは人目を気にしなくていいわよ。まあ、なにもいきなりずっと一緒に住まなくってもいいんだし・・。」
「ちょ、ちょっとまって、ルイ。わたしとマーズは、その・・・えっと・・。」
 
 ますます顔を赤くする姉の言葉を無視するように、ルイはにわかに自分の机の上を片付けだす。
 
「こうしちゃいられない。今日はお仕事は終わり。私、引っ越し祝いのお料理つくらなくっちゃ。向こうへとどけるから。さあ、腕によりをかけるわよ。じゃあ、お先に。」
「あ、あの、ルイ!」
 
 ロゼの呼びかけはむなしく執務室のドアが閉まる音でかき消された。
 実はルイもマーズの言葉が心底「そういう」意味からきたのかどうかはわからなかった。
 むしろ、あのマーズのこと。そこまでとっさに「そういう」ことを考えて、やんわりと口にするなどという芸当はまず、できないであろうと考えていた。
 やんわり遠まわしに言ってわかる姉さんでもないだろうし・・・。
 とにかく、ここは「そういう」ことにしてしまおう。

 

 

 

 

 遙かに見える山際にだけ夕暮れの名残の橙色を残し、あたりは夜の帳が降りようとしていた。
 タケルとロゼが、その家に着いたとき、サンルームに明かりが灯っていた。
 二人は庭を横切り、部屋をのぞくとアールデコ調の大きなテーブルに沢山の料理が並べられていた。
 
「すごいなあ。ルイって料理上手なんだなあ。」
「あの子、とても張り切ってたから。」
 
 彼らの到着時間を見越したかのように、温かい湯気をたてるスープや、オニオンソースがたっぷりと添えられたローストビーフ、彩りよくととのえられた前菜や香菜をのせて焼いた魚・・・。透明な氷がたっぷりと入ったクーラーには発泡酒のボトル。
 そしてグラスがふたつ・・・。
 
「あれ、ルイは?」
 
 タケルはそうロゼに問いかけながら、グラスの下に置かれたカードを見つけた。
 
「お引っ越しおめでとうございます。今日は仕事がたまっていてどうしてもお祝いに参加できません。どうか私の手料理をお二人で味わってくださいね。」
 
 カードには几帳面で女性らしい文字でそのように書かれていた。
 
 一瞬の沈黙を打ち消すようにタケルが口を開いた。
 
「あ、あの。冷めないうちにいただこうか。」
「そう、そうね。」
 
 タケルはよく冷えた発泡酒のボトルを手に取り、軽々と栓を抜く。
 ポンっと軽快な音が空気をなごませる。
 
「素敵なお家に乾杯」
 
 形の整った彼女の指が、細いグラスによく似合う。
 
「ありがとう。」
 
 ルイの手料理は非の打ち所なく美味であった。
 ぎこちなく始まった二人だけの晩餐会はやがて楽しい会話と笑いに満ちていった。
 
 二人は食後、緑濃い庭を散策することにした。
 少し涼しい夜の空気が、たくさんの料理と口当たりの良い発泡酒で火照り気味の体に心地よい。
 植え込みの端にそって小さな電灯がぽつぽつと並べられ、彼らの足下を控えめに照らしていた。
 邸宅の裏手に続く小径を歩いていたとき、半ば草むらに隠れた石段のくぼみにロゼのヒールがひっかかり、彼女の体は急激に前に傾く。
 タケルはぱっと彼女を抱きとめた。
 
「ありがとう、転ぶところだったわ。」
 
 ロゼは微笑みながらタケルを見上げた。
 しかしタケルは無言で何かをこらえるような苦しげな表情をしていた。
 本能的に恐れに近いものを感じたロゼは体を硬くした。
 そのロゼの反応が、タケルの奥深くからとめどない感情を呼び起こした。
 
「マーズ・・・。」
 
 タケルの力強い両腕はロゼの体を絡め取ったまま動かない。
 お互いの心臓の鼓動がぴったりと触れた体から伝わってくる。
 やがてタケルは掠れた声をしぼりだした。
 
「ロゼ、今夜はここにいてほしい。」
 
 タケルの胸に顔を埋めながらロゼは小さく頷いた。
 タケルは彼女を逞しい両腕で抱え上げ、かすかに光る美しい唇にくちづける。
 二人は屋敷の中へと消えていった。

 

 

 

 
 チチチ・・・チチチチチ・・・
 澄んだ鳥のさえずりにロゼは目を覚ました。
 まだ横に眠る彼を起こさぬようにそっと厚手のカーテンだけを開ける。
 やわらかい朝陽がレースのカーテンを透して部屋いっぱいに広がる。
 白いシーツに包まれて彼はまだやすらかに寝息を立てている。
 ロゼはやさしくタケルの洗いざらしの髪をなでる。
 さらさらと彼女の手を滑る髪が朝陽で明るい栗色に透ける。
 
 やはりマーグに似ている・・・。
 一卵性の双子というものの、ふだん彼らをうりふたつ、などと思うことはまずなかった。
 育った環境が何より彼らの表情や性格づけ、行動パターンを異なるものにしていた。
 平和を愛し、人を慈しみ、誰よりも強い信念を持つ・・・そういった根底に流れる人格は確かに間違いなく二人に共通していたが・・・。
 外見でもっとも違うのは髪の色、瞳の色。
 いま彼の髪は明るく輝き、その瞳は閉じられている。
 反り返った長いまつげ、筋の通った鼻梁、そして血色の良い形の整った唇。
 ロゼはひとりほほえんでタケルの寝顔を見つめている。
 
 マーグは綺麗なひとだった。
 女の自分の目から見ても、優美で繊細で華やかな美しさには時折見ほれずにはいられなかった。
 彼は洗脳状態で戦闘隊長として前線に立つときでさえも、その美しさを失わなかった。
 
 だが、今までマーズのことを精悍な青年と思ったことはあっても、美しい、と思ったことはなかったのだ。
 
「あなたもじゅうぶんキレイよ。」
 
 ロゼはひそやかに呟いた。自分だけが知っている秘密のように思えて嬉しかった。
 シーツからはみでていた彼のしなやかな筋肉質の肩に手を置き、頬にそっと口づける。
 
「う、うーん。」
 
 タケルは小さく唸ると目を開いた。
 まだ焦点の合わぬ目でロゼをとらえ、微笑む。
 
「おはよう、ロゼ。」
 
 挨拶をかえそうと口を開きかけた彼女のうなじに手をまわし、引きよせる。
 ベッドにくずれおちたロゼをタケルはやさしく抱きしめた。
 どちらともなく顔を見合わせ、ぷっと吹き出す。
 ロゼは、再び彼女を胸に抱え込もうとするタケルを両手で押し返した。
 
「ねえ、マーズ。聞いて、ひとつお知らせがあるのよ。」
「何だい?」少し不服そうなタケルをみて、またロゼがおかしそうに笑う。
「あのね、お誕生日おめでとう、マーズ。」
「誕生日?」
 
 そういえばタケルは本当に自分が生まれた日というのを知らなかった。
 地球の養父母が決めた誕生日が自分の「誕生日」だと自覚していた。
 生みの両親がつけてくれたマーズという名前があっても、自分自身は今も「明神タケル」という認識でいたし、誕生日にしてもそれと同じであった。
 
「ええ。今日はマーグの誕生日ですもの。」
 
 彼女はすこし遠い目をしながら答えた。
 マーグの副官をつとめていたときに彼のパーソナルデータで知った、と彼女は付け加えた。
 
「そうか。」
 
 兄のことを考えているのか、しばしタケルは沈黙する。
 そんな彼を元気づけるようにロゼは楽しそうに笑いかけた。
 
「よかったわ。私が一番先にあなたにおめでとうって言えた。」
「じゃあ、姫君、プレゼントにキスをもう一度いただけますでしょうか?」
 
 恋人達は微笑みながら長い口づけを交わした。
 
「ロゼ。」
 
 彼女の緑の髪をなでながらタケルがつぶやく。
 彼女は首をかしげて彼の言葉の続きを待った。
 
「来年も君から一番先に誕生日を祝ってもらえるだろうか、再来年も、その次の年も・・・。」
「ええ。きっと・・・。」
 
 二人はお互いの瞳を見つめ合った。
 握りあう手からはあたたかい波動が伝わってくる。
 寝室の窓にほど近く張り出した木の枝から一羽の青い鳥が飛び立った。
 
 
 
 ギシン星にまた新しい一日が始まる。

 

 

END


双子のお誕生日を祝して・・・・。
 
今回は警告文なしということできりさまのご了承をいただきました。
 
純粋タケロゼです。
 
前作everythingではテレビのエンディングにつながる様にお話を書きましたが、
sweet homeは、その続きというかたちになります。
 
ちょっと大人になった(?)二人をお楽しみいただけたらと思います。
 
             ゆみ58
 

ぶらぼー!
またまたゆみさんかららぶらぶなタケロゼを頂きましたよ!
タケロゼサイトと銘打っておきながら管理人の作品には
ツーショットが少なく(全く不甲斐ないことでございます)、
その分を皆様が埋めてくださってます。
有り難いことです。
 
それにしても幸せそうなふたりだ〜。
うっとりしちゃうねぇ。
 
2002.6.16 きり

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