FLOWRE 4
ゆみ58さま15 数時間後、タケルとフローレは、海賊船フロンティア号のなかにいた。
テレパシーでの会話は、その発信源を探知されるおそれもあるからだ。
シキール法王は、ギロン総統府に向かう途中で何者かによって殺害されたという。
崇高な信仰心と威厳、そして限りない慈悲深さに満ち、人々の尊敬を集めた法王は、志半ばにしてこの世を去った。いや、去らされた。
「そこで、だ。フローレ、お前にはシキール法王のかわりに働いてもらわなければならん」
「?」
頬を伝う涙を拭いながら、フローレは首をかしげた。
「この星の人々を脱出させるために説得する。俺たちにはできない。そこにいるマーズにもな」
「?」
涙にうるむバイオレットの瞳が無言で問い返すと、ガッシュは唇の端をつり上げて笑った。
「俺たちは、海賊だからな。死の星に流刑された海賊のいうことを誰が信じる?デマで人々をマルメロ星から追い出して、代りに占領しようとしてるなどと、言われるのがオチだな。マーズ、おまえとて同じだ。地球育ちのギシン星人でプラスエスパー。そんなこの星になんの縁もないエイリアンを誰が信じる?」
クックッと楽しそうにさえ聞こえる笑い声をあげていたガッシュは、急に顔を引き締めた。
海賊王として怖れられる、凄みと苦みのきいた大人の男の顔が現われる。
「フローレ、お前がやるんだ。ギロンに抹殺されかけた実の娘として、民衆に訴えろ。我らゲリラ組織は、情報庁の放送システムを占拠する。マルメロ星全星に真実を知らしめるのだ。そして脱出を阻むヤツは殺せと・・・な」
冷たい灰青色の瞳がギラリと光る。
手負いの肉食獣のように、鋭く、険しく、どこか狂気さえ纏わせて。
フローレはただ、小刻みに震えるばかりであった。
タケルに肩を支えられるようにして、与えられた部屋に戻ったフローレは、ゆっくりと椅子に腰掛けた。
力無くうつむく横顔を、バイオレットの髪がさらさらと落ちて隠す。
どんな言葉をかければいいのか、迷うタケルの通信機が突如アラームを発する。「はい。こちら明神タケル」
「タケル、喜んで。輸送船団の派遣が決まったわ」
ミカの朗らかな声に、おもわずタケルの顔がほころぶ。
「本当か!」
「ええ。ただし、ちゃんとマルメロ星に着陸できるのかしら?」
その質問は、輸送船の性能やパイロットの技量を問うているのではないことは明らかだった。
マルメロ星政府が、つまりギロンがそれを許すのか、ということだ。
タケルは、この星の支配の現状と、ガッシュの立てた計画を簡潔に述べた。
「なるほど。かなりの確率で戦闘が予想されるということね。しかも、その磁力砲という新兵器が使われたら、輸送船団は木っ端微塵ね。了解。ただちにキャップに伝えて、クラッシャー隊の出動指示を仰ぐわ」
軽い電子音とともに通信は切れ、室内は再び重苦しい沈黙に包まれていた。
「フローレ」
呼びかけてみるが反応がない。
「フローレ!?」
そっと華奢な肩に手を伸ばしたタケルは、それがまだ小さく震えていることに気づいた。
包み込むように、覆い隠すように、背中から抱きしめる。
押し殺した嗚咽が、かすかに部屋に響きはじめていた。
(フローレ、俺が・・・君を、守る)
温かくやわらかに、だが確固たるテレパシーが彼の体温と共にフローレの体を包み込む。このままでいたい。
どこにも行きたくない。
だれとも話したくない。
彼のこの優しい温もりに、ただ包まれていたい。
自分の気持ちは、愛ではないのだと、フローレにはわかっていた。
少なくとも、たぶん、今は・・・。
彼が、その愛を自分に注いでくれるのだとしても。
それでも、この熱いくちづけが拒めない。
自分の弱さ、狡さ・・・灼けるような嫌悪感がこみあげる。
それでも、今だけは、何も、何も考えずにいたい。
ひとの温もりがこんなにも恋しい。
タケルの鼓動を感じる。
規則正しく、やや早く、力強い鼓動。
抱きしめられた広い胸で。
髪にかかる呼吸が、熱い。
「愛してる」と繰り返す言葉に絡んだ呼吸が、熱い。
涙に濡れる頬を、節ばった指がたどる。
流れる涙の後を追い、指が、動く。
首筋へ、鎖骨へ、胸元へ、指が、動く。
・・・生きている、証。
生きている。
生きているから、悲しい。
生きているから、淋しい。
生きているから、求める。
生きているから・・・・そう、生きているから!
生きているから!!
儚く逝った母の、弱々しい笑顔が、最期の笑顔が思い浮かぶ。
もういない母の・・・。
死んでしまった母の・・・。
(愛しているわ。フローレ。どこにいても私はあなたの幸せを祈っています)
お母様、お母様。
そう、私は生きなければならない。
お母様の愛を、想いを、決して無駄にはしない。
生きて、生きて、生きなくてはならない。
もう誰も、死んではいけない。
あの独裁者のために。
この星の生命を、この星に生まれた生命を、己の私欲のままに操ろうとする、
あの悪魔のために!!
フローレは、鋭く息を吸い込むと、肩口に埋まるタケルの顔を両手ではさみこ
むように強くとらえ、あおむかせた。
いぶかしむタケルの榛色の瞳を、まっすぐにのぞき込み、そして、口づける。
深く、激しく。
そこには甘やかなものは何もなかった。
生きるものが、生きるものへ与えた、生の証。
生きるものが、生きるものから奪った、生の証。
ただ、その生命の強さだけが、そこにあった。
ただ、その生命の力だけが、そこにあった。
どちらからともなく、二人の顔が離れていった。
二人の瞳が見つめ合う。
テレパシーはいらなかった。
タケルは、今、フローレの決心を、はっきりと知ったのだ。
彼女が、戦いのなかに身を置く決心をしたことを。
・・・そして。
彼女の気持ちは、このくちづけは、決して、愛ではないということを。
フローレの美しい唇が、ゆっくりと開いた。
「私は、生きる。生きるために、戦う。私は、この星のために、この星に生きる
人のために、この生命を捧げる。・・・それが、私が生きるということ・・・」
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