FLOWRE 3
ゆみ58さま


 

10

 

 

 雹混じりの大粒の雨が地面にうちつけ、暗黒の空を絶え間なく稲妻が切り裂く。
 激しい磁気嵐をともなう異常気象は、マルメロ星においてここ数年のうちに頻繁に起こるようになり、その回数も頻度も、急激に増していた。
 死の星とよばれるマルメロ星の双子星が、その災厄をこの星にももたらしつつあるのだと、まことしやかな噂さえ乱れ飛ぶ。
 磁気嵐の間は全ての通信が途絶え、時折起こる停電が、家々に籠もる人々の不安をより募らせていた。
 この嵐に紛れて、密かに海辺を飛行する物体があった。
 タケルはどうにか見つけた浜辺の洞窟付近に自らとフローレを降ろさせると、ガイヤーを海に沈めた。
 切り立った岸壁にあいた洞窟まで数メートルを走る間にも、二人の衣服は激しい雨にぐっしょりと濡れてしまう。
 耐水性のサバイバルバッグから、取り出した燃料で、真っ暗な洞窟にようやく灯りがともり、一息つく。
 タケルは、かじかんだ手を火にかざしながら、疲れ果てたように岩に腰掛けるフローレを見やった。
 バイオレットの髪が濡れて白い頬に一筋貼り付いている。
 嵐の夜空を振り仰ぎ目をこらすが、哨戒機などの影はない。
 
「なんとか見つからずに潜入できたみたいだな。君の作戦は大成功だ」
 
 わざと明るく言ってはみるが、フローレがかえした微笑は逆に彼女の悲しみを映していた。
 燃料をさらにくべ、火を大きくする。
 洞窟の中はひどく寒い。
 
 一枚しかないブランケットをそっと彼女の肩にかけたが、思い切って自分もその横に座り、ともにくるまる。
 このほうが暖まるはずだ。
 フローレは特に身構えたりすることもなかったが、やはり無言のままだった。
 
 寒い。
 なぜだろう、胸の奥まで、寒い。
 このまま彼女を抱きしめれば、肌と肌をあわせてぬくもりを伝えあえば、少しは寒くなくなるのだろうか。
 甘い誘惑は、だが心のごく表面を揺らすだけであった。
 
 ケレス基地でのあの夜。
 刺客となったフローレを「襲った」あの夜。
 湧き上がった暗い欲望、化身、憑依…?
 得体の知れないあの影は、自分の中に巣くうものなのか、それとも自分自身なのか?
 恐怖が、不安が、タケルをとらえてはなさない。
 
 …愛して、いるのに…?
 自らの二の腕を、節ばった指が、虚しく強く握る。
 

 

 重苦しい沈黙を破ったのは、洞窟の入り口から低く響いた、男性の声であった。
 
「フローレ様でいらっしゃいますね」
 
「誰だ!」
 
 バネのように機敏に立ち上がったタケルは、すでにブラスターを構えている。
 だが、ゆっくりと落ち着いた声が返ってきた。
 
「私は、シキール法王様の命により参りました」
「!?」
 
 影とみまごう漆黒のフード付きの外套に身をつつんだ僧坊らしき男が姿を現した。
 敵意のないことを見せるためなのか、男はタケルとフローレの前で、跪いて両手を合わせた。
 そしてタケルはこの男が弱いテレパシーを発していることに気づいた。
 
(必要とあらば私の心をどうぞお読みください。)
 
 マイナスエスパーの波動であった。
 タケルがなにか言おうとするのをフローレが制した。
 
「どうぞ、お顔をお上げくださいませ。シキール法王様といえば、プラスマイナスなどの差別なく、万民の心をお支えくださる尊いお方。法王様が、なぜ私を?」
「私は詳しいことは何も知らされてはおりません。ですがどうか、私とご同行願います。法王様はフローレ様と、そちらのマーズ様のご到着を心待ちにされておいででした」
 
 タケルが再び鋭い目を向けた。
 
「なぜ、俺の名前まで知っている?」
「法王様は、すべてご存じでいらっしゃいます。すべてを…」
 
 男は深々と頭を垂れた。
 
「どうか私とご一緒に…。この星の、この星に住まう全ての人々のために」

 

 

11

 

 

 タケルとフローレは、大礼拝堂の裏手から本殿に続く長い回廊を歩いていた。
 さきほど二人を導いた僧坊は、すでに案内を終えたと辞している。
 回廊のつきあたりに、薄暗く蝋燭で照らし出された祭壇が見えてきた。
 その前で、こちらを向いて立つ細い人影がひとつ。
 質素な黒い僧服にやせぎすのからだを包み、軽く曲がった腰。
 しかし、しわ深く刻まれた顔に埋もれるような瞳からは、強い眼光がほとばしっていた。
 ゆるぎない意志と、慈悲深さ。
 曇りなく、澄み切った瞳。
 
「シキール法王様でいらっしゃいますね。フローレと申します」
 
 フローレは流れるような動作で跪いていた。
 
「明神タケルです」
 
 タケルもそれにならう。
 
「よくお参りになられました。神のご加護に感謝いたします」
 
 年に枯れた、しかし低いながらもよく響く声に、掛け値なく安堵と喜びがこめられていた。
 
「そなたたちがこの星へ来ることは、我らの同志たちより知らされておった。どうしても会って話さねばならぬことがあるゆえに、ずっと同志が念波を張り巡らせて探しておったのだ」
「同志、とおっしゃいますのは、マイナスのエスパー達のことでしょうか?まさか、あの…海賊…の?」
 
 おずおずと、真剣な表情を美しい顔に浮かべてフローレが質問すると、年老いた法王は、優しい笑みを浮かべ、しわをさらに深くして答えた。
 
「フォッフォッ…そうよばれるものたちもおる。そうでないものもおる。…そなたには必ず時が来ればすべて分かる」
 
 いぶかしむ若い二人を前にして、さらに法王は表情を瞬時に硬く変えて続けた。
 
「そなたたちに伝えねばならぬ。…この星の生き物は、もうじき死に絶える」
 
 
「!!」
 
 息を呑んだまま青ざめるフローレをちらと見やって、タケルが口を開いた。
 
「なぜですか?なぜ、この星が?」
「それは神のご意志…自然の摂理というものなのじゃ」
 
 漠然とした回答に納得できるはずもなく前身をのりだそうとするタケル。
 
「まあ、順に話そう。このマルメロ星は双子星。もう一方は、極寒と干ばつを繰り返す死の星、生き物の生きられぬ星じゃ。そこに罪もなく追いやられ、死んでいった者達がたくさんおる…。その死の星とマルメロ星が、まもなく入れ替わる」
「!?」
「長い長い…人の営みや歴史といったものよりも遙かに長い周期で、双子星はいれかわりつづけていたんじゃ。この激しい磁気嵐が何よりの前兆…」
「そんな!法王様、だれもそんなことは、マルメロ星が…死の星に、なんて!」
 
 今にも倒れそうに青ざめ、震えながら、フローレが叫ぶように言った。
 
「そうじゃ。だれも知らぬ。ギロンとその側近、そして科学庁の最高幹部たちをのぞいては…な」
「事実を隠蔽しているということですか?なぜ?このままでは皆死んでしまうというのに!?星が入れ替わるということは、今の死の星が人の住める星になるということですね!?そちらになぜ避難しようとしない!!」
 
 タケルは激しく問いかけたが、法王は穏やかな口調をくずさぬままで答えた。
 
「この星の人々すべてを脱出させる手段がない」
「ならば、助けをもとめれば、そうだ、地球にでも、助けをもとめればいい!!」
「ギロンはその道を拒んだ。己が独裁政権に、他の星の介入をさせたくないのだ。そしてもうひとつ、彼らが開発した磁力砲という新兵器が、この星の滅びを急速に早めた事実を民衆にかくし通すために、な」
「なんということを…」
 
 奥歯をぎりりと噛みしめながら、タケルは声を絞り出した。
 
「この星の民を救わねばならん。磁力砲の影響さえなければ、星の交代はもっと何十年もかかってゆっくりと進むはずじゃった。だが、もうそんなに猶予はのこされておらん。せいぜい、数ヶ月…」
 
 フローレのからだが大きく揺れ、タケルがそれを支えた。
 
「マーズ…。宇宙の大いなる宿命を負ったそなた…。そなたの力を借りたい。この星の、いや、この星に住まう生きとし生けるもののために…。そしてフローレよ。」
 
 もう骨と皮ばかりとまでしわがれた手をフローレの肩に置く。
 
「まさしくそなたはこの星の未来をにぎる、運命の娘。同志達とたちあがるのだ。さすれば必ずや、未来はひらける」
 
 シキールは目を細め、そしてフローレに言った。
 
「そなたにはあらためて紹介しておかねばなるまい」
 
 祭壇の脇にあったハンドベルをチリンと鳴らすと、やがて靴音が響いて近づいてきた。
 彼らの前に現われた長身の男。
 それは、海賊船の頭領、ガッシュであった。

 

 

12

 

 

 フローレはすでに歯をがちがちとならさんばかりで、数歩後ずさっている。
 タケルは長躯の男の目を睨み上げたまま、吐き捨てるように言った。
 
「なぜ、なぜ、こいつがここに!?」
 
 不敵な笑みを浮かべ、聖堂に低い声が殷々と響く。
 
「よお。無事だったか、小僧」
 
 明らかにからかう口調を無視して、タケルはくってかかるようにシキールに問うた。
 
「法王、こいつが、海賊の頭領だということはご存じなんですね!?」
「ああ。知っておる。だが、どうか信じて欲しい。彼らは海賊ではない。決して無辜の民を襲ったりなどせぬ。生きていくために、ただ、人として生きていくために、必要な物資をギロンの元から集め、そしてその圧政と戦っているだけなのじゃ」
「しかし、こいつらはケレス基地を襲い、フローレを強引に奪ったんです」
「おまえらなどに任しておけば、フローレ嬢はあっという間にギロンのやつらに殺されてしまうからな」
 
 やや薄い唇をゆがめながら会話に割り込んだガッシュに、タケルはついにつかみかかった。
 
「なんだと!!」
「止めい!!」
 
 熱い火花を散らさんとする若い二人に比べれば、まさしく老いさらばえた痩身が、思わぬ迫力を備えた声を放った。
 その余韻が完全に消えるまで、だれも動こうとはしなかった。
 
「そなたたちが争う暇がどこにある。刻一刻とその時は迫っておるのじゃぞ」
 
 穏やかに諭す口調に続いて、言を発したのはフローレだった。
 
「法王様。私たちはいったい何をすればよろしいのでしょうか」
「うむ。この星の民を、あの死の星とよばれる星に移住させるのじゃ。そのためには、まず、脱出手段を整えること。これは、マーズよ。そなたの星の人々の助けを借りねばならぬ。われら同志の船だけではとても事足りぬ。そして、フローレ、ガッシュ。そなた達は我とともに、この星の民に全ての真実を知らせ、すみやかな移住をはからねばならん。そして、そのためには…」
「ギロンを、倒すのですね?」
 
 フローレのバイオレットの瞳が燃えあがる。
 
「フローレよ。あわれな娘よ。そなたの実の父を倒すなどと…。我は今一度ギロンと話し合う。それでも彼がこの星の人々の未来を閉ざすというならば…」
 
 老法王は、祭壇の前に跪いた。
 言葉はなく、だが長い祈りが続いていた。
 

  

13

 

  

 タケルとフローレは法王に導かれ、祭壇の裏に作られた隠し通路を歩んでいた。
 ガッシュは、一言だけ、「船に戻る」と言い残して去っていった。
 
 腰をかがめながら細く暗い通路を、もう数分も歩いたように思われる。
 
「さあ、フローレ。そなたをずっとずっと待っておられた方じゃよ」
 
 冷たく日も差さぬ、牢獄と言ってよいような部屋の片隅に寝台が置かれ、そこには中年女性が横たわっていた。

 バイオレットの髪に縁取られた面差しはげっそりとやつれているが、その髪の色とともに、このいたわしいながらも美しい夫人がフローレとの血縁関係をはっきりと示していた。
 
「そなたの母君、アーモさまじゃ」
「…おかあ、さま?」
 
 たどたどしくフローレが紡いだ言葉に、眠っていた女性がゆっくりと目を開けた。
 フローレと同じ色の瞳に、たちまち涙が浮かぶ。
 
「フローレ、フローレなのね?」
 
 跳ね上がるように寝台に半身を起こし、フローレを抱き寄せる。
 
「お母様、なのですね」
「ええ、ええ!あなたに会える日がくるなんて…」
 
 引き裂かれていた母娘は、ひしと抱き合った。
 
「お母様、お母様…」
 
 泣きじゃくるフローレの髪を、優しく梳いていたアーモはやがてくずれるように寝台に倒れ込んだ。
 
「フローレ…もう思い残すことはないわ」
「!?」
「もっとお顔を寄せてちょうだい。もうよく見えないのよ」
「お母様!?」
 
 フローレははっとシキールを振り返ったが、彼はゆっくりと首を振るだけだった。
 
「そんな、そんな…やっと会えたのに!?」
 
 悲鳴のようにフローレがさけぶと、アーモは穏やかに微笑んで言った。
 
「愛しているわ。フローレ。どこにいても私はあなたの幸せを祈っています」
 
 そして細すぎる手を力無くタケルに向けて伸ばすと、その手を支えたタケルをじっと見つめた。
 
「マーズ、あなたのことは法王様から聞いていました。どうかフローレを、私の娘を頼みます」
「フローレ…私の、愛しい…娘…」
 
 地下の湿った空気に、幸薄い女性の、しかし幸福に満ちた最後の声が消えていった。
 
「お母様!お母様!!どうして、やっと、やっと会えたのに?おかあさま…」
 
 もう動かぬ母の体にすがり、泣き続けるフローレの背中に、タケルはそっと手を置いていた。
 止まらぬ嗚咽とともに、悲しみが、そして憎しみが、彼の手に伝わって来る。
 タケルは、かけてやる言葉を見つけられず、ずっとそうしていた。
ただ、ひとつ、浮かんだ思いを心に刻み込んで。
 
(この儚く逝った人は、自分の娘が憎しみに、ましてや返り血に、染まることなどを望んではいないはずだ。俺は、彼女を守るように託されたのだ。)

 

 

14

 

 

 質素に、だが手厚くアーモは葬られた。
 時折強く降りしきる雨が、フローレの淡紫色の髪を濡らし、白く美しい頬に止まることなく伝う涙を洗い流している。
 
「行こう、フローレ。体をこわしてしまう」
 
 巡り会ったとたんに逝ってしまった母。
 その墓前に呆然とたたずむフローレの肩に、タケルはそっと腕をまわした。
 何の反応も示さぬフローレを訝しみ、気遣ってその顔をのぞきこむと、ようやく彼女は青ざめた唇を動かした。
 
「なんだったのかしら、お母様の一生は。私を産んでしまったばっかりに、迫害され、追放され、苦しみ続けて…やっと、やっと会えたのに…やっと!!」
 
 言葉とともに感情が堰を切ったのだろうか。
 フローレはタケルの胸にわっと泣き伏した。
 子供のように泣きじゃくる。
 
 タケルは彼女の濡れた髪に手を差し入れ、その頭を優しく抱きしめた。
 
「会えたじゃないか。君の姿を想い、君と会うことを夢見て、生きておられたんだ。その君の腕の中で終わった母上の人生を、そんなふうに否定してはだめだ。母上の君への想いを、君が受け継いで生きていくんだ。これからもずっと…」
 
 儚く逝った兄の人生を嘆き慟哭した日々を思い出す。
 タケルにはフローレの気持ちが痛いほど分かっていた。
  
 濡れた衣服を乾かし、素朴な温かい食事を頂いた後、タケルとフローレは大聖堂を辞した。
 ガイヤーに乗り込んだタケルは、後ろめたい気持ちを抑え込み、クラッシャー隊専用の緊急回線にアクセスする。
 コール後、すぐに懐かしい声と顔が現われた。
 
「タケル!?タケルなのね!!」
「…ミカ。迷惑をかけてすまない。どうか切らないでこのまま聞いて欲しい。地球防衛軍に援助を求めたいんだ。マルメロ星がもうすぐ滅びる。全ての人々を脱出させる為に、どうしても地球の助けが必要なんだ。輸送船団の派遣を要請して欲しいんだ。俺が…俺がこんなこと頼める立場じゃないことは重々承知している。けれど、マルメロ星中の命がかかっているんだ…頼む…」
 
 操縦席のモニターの前で頭を下げるタケルに、別の声が降りかかる。
 
「なにほざいてんだ、タケル!早く戻ってこい!!そんな緊急事態に有給休暇、とってる場合じゃねえだろ!!」
「ナオト!…有給休暇って…」
「あー、しゃらくせえな!クラッシャー隊明神タケルは、現在欠勤中。なんでも、ハラこわしてずっと部屋にとじこもってるらしいぜ」
 
 ナオトはシニカルなウインクで言葉を締めくくった。
 
「…ナオト…俺、みんなになんて謝って、なんて礼をいっていいのか…」
 
 うつむきかけるタケルに明るい声が掛けられる。
 
「おう、それについちゃあ、もうみんなで話し合ってあるんだ。な、アキラ」
「そうそう、向こう一ヶ月、タケルはコスモクラッシャーの点検当番だからね」
「あら、パトロールの報告書作成当番もよね?」
「…ありがとう、みんな…ありがとう」
 
 通信の切れた画面の前で、しばらくタケルはそうやって頭を下げている。
 その肩がときおり小刻みに揺れるのを、フローレはじっと見守っていた。

 

 

 ひとときのやさしい時間を終わらせたのは、強く鋭いテレパシーだった。
 
(マーズ、フローレ!!)
 
「ガッシュ!?」
 

 

(シキール法王が殺された)

 

 

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