FLOWRE 2
ゆみ58さま


 

 

 

 海賊船の内部は、思いのほか広く、整然としていた。
 フローレを従えて歩く長身の男が、乗組員から多大な尊敬の念を集めているということは、略式の敬礼を送る彼らの態度からもたやすく見て取れる。
 
「ガッシュ」と呼ばれる男の名前は、フローレを引き渡すように再三ケレス基地に要求してきた海賊の頭領のものだった。
 この男の姿を見たときから、フローレにはその確信があった。
 
 しかし、海賊とはいうものの、見る限り、彼らには凶悪な雰囲気も、粗暴な振る舞いも、どちらかといえば、縁遠いように感じられた。
 どの者も、どこか悲しく冷たい、それでいて、その奥に何かを秘めた瞳をもってはいたが・・・。
  
 やがて男は奥まった場所にある一つのドアを開けると、なかに入るようにと視線でフローレを促した。
 船内外の様子を映し続ける端末が置かれたデスク、椅子、ベッド、奥はバスルームのようだ。
 片づいた、無機的な部屋。なんの装飾も私物も見あたらない。
 
「俺の部屋だ」
 
 無表情で男はそういいながらドアを後ろ手に閉めた。
 鍵がカチャリとかかる音がフローレを怯えさせる。
 
 
 男は腰に下げたサーベルと銃をベッドサイドに無造作に立てかけた。
 この部屋と同じく装飾性のない実用本位の武器。
 実用・・・そう、いくつもの命を屠ってきた・・・。
 手足が冷たくなっていくのが分かる。
 徐々に、細かく震え出す。
 
「お前は、俺の女になる」
「!!」
 
 海賊はフローレの細い顎に、節ばった長い指をかけた。
 恐ろしくて、目を閉じる。
 だが、海賊は動かない。
 こわごわ瞼を開くと、すぐそばにくすんだ灰青色の瞳があった。
 悲しい色。なぜだかそう思った。
 冷たい海の氷の色。雪が降るまえの空の色。
 
「なぜあのマーズとかいうプラスエスパーはお前をかばう?」
 
 フローレは答えない。フローレにもわからない。
 
「フッ。可愛らしい顔をして。・・・たらしこんだのか?」
 
 とたんに彼女は、かっと目を見開いていた。
 バイオレットの瞳が、みるみるうちに濃紫に変わっていく。
 怒りのために充血した瞳は爛々と強い光を湛え、海賊をにらみすえた。
 さすがのガッシュもフローレの変化に多少驚いたようだが、さらにおもしろがるように彼女を煽る。
 
「それとも・・・たらしこまれたか?」
 
 パンッ!
 フローレの華奢な手が海賊の頬を打った音は、小気味よいほどに部屋にひびいた。
 
「タケルは、そんな人じゃありません!」
 
 気がつけば、そう言い放っていた。
 
 では、どんな人だというのか?
 フローレには何の確信もなかった。
 見ず知らずの自分を助けてくれた人。
 私が、ケレスで、地球で暮らせるようにと、人一倍努力してくれた人。
 けれど彼はプラス超能力者・・・。
 殺される前に殺すべく、襲いかかった私に、彼は・・・彼は・・・。
 何をどう考えていいのか、分からない。
 
「見ろ」
 
 頭を抱え込んでうずくまるフローレに、海賊はバスルームのドアを開け、洗面台の鏡を指さした。
 そこに映っていたのは、柔らかいウエーブの髪を振り乱したフローレ自身の姿だった。
 
「!?」
 
 見慣れたはずの自分の顔に違和感があった。
 額に光る、これは、何?
 思わず手で押さえてみると、すこしだけそこに熱を感じられた。
 なにかの花の意匠のような・・・?

 戸惑うフローレの腕をひっぱりあげ、男は彼女をバスルームにつれこみ、鏡の前に立たせる。
 
「よくみるがいい。その紋章を」
「・・・はっ!!」
 
 息を吸い込み、口元を手で覆ったきり、フローレは動かない。
 
「そうだ。それはギロン王朝の紋章。お前はギロンの実の娘だ」
「どうして?違うわ、私は。私の父と母は・・・」
「ギロンは自分の娘がマイナスエスパーと分かったとき、抹殺を命じた。それを妃が内密に逃がしたのだそうだ。もっとも、それがバレて、妃は獄中の身だというがな。その紋章が何よりの証拠。我々にとっては世にも憎き仇の娘ということだ。この船にいる連中はだれかれ肉親や身近なものをギロンに虐殺されている」
「・・・」
「17歳のマイナス狩り。あれはお前を抹殺するためのギロンの政策だ。お前は実の父親からも狙われているということだ。逆に言えば、お前は我らの絶好の切り札になる」
 
フローレには言葉がなかった。
 
「うかつに出歩かないことだな。もっとも鍵はかけておくがな」
 
 男は数歩で部屋を横切り、サーベルを再び腰にはいた。
 
「俺の女だとふれこんでおかなければ、お前などあっという間に辱められて殺される」
 
 呆然とたたずむフローレの華奢な腕を再び引き、ベッドの上に座らせる。
 
「もっとも、あのマーズとかいう小僧にほどこした手管を見せてくれるというな
ら、俺は拒まぬが、な」
 
 海賊の男は、不敵な笑みを薄い唇に浮かべ、やがて高く哄笑しながら部屋を出て行った。 後に残されたフローレは、わっと泣き伏すしかなかった。

  

 

 

  

 真白く無機的な病室の天井が、視界を占める。
 そこにうかぶのは、淋しげに曇るバイオレットの瞳。
 
(さようなら、タケル)
 
 その声が、耳から離れない。
 やはり、行こう。彼女を救い出すのだ。
 海賊行為を働く輩のなかに彼女をおくことはできない。
 タケルがそっと身を起こしかけるやいなや、ノックの音がした。
 
「具合はどう?タケル」
 
 味気ない病室を明るくするような、朗らかな笑顔がのぞく。
 
「ミカ・・・」
 
 ミカは軽やかに、ベッド脇のスツールに腰掛けた。
 なにも喋ろうとしないタケルの顔をしばし眺めていたが、軽く一つため息をついた。
 
「助けに行こう、って思ってるんでしょ?」
 
 はっとして見つめると、大きなハシバミ色の瞳が揺れていた。
 
「わかるわ。みんな同じ気持ちよ。彼女を助けたい。ちからになりたい。でも・・・」
 
 彼女は少し俯いて言葉をとぎれさせた。
 
「地球政府の決定が出たわ。マルメロ星に関わる諸問題に対して一切不干渉とする・・・って」
「なんだって!?」
 
 がばっと身を起こすタケルを、ミカは優しく制して、再びベッドに横たえようとするが、タケルはいまにも立ち上がらんとする勢いだ。
 
「展望室のモニター画像が残っていたわ。フローレが自分からガッシュについていくところが映ってた」
「ちがう!フローレは・・・!」
 
 タケルはそれきり口を閉ざしたが、激しくつり上がるりりしい眉が、彼の決心を雄弁に物語っていた。
 
「行ってはダメよ、タケル」
 
 いまや、ミカの両目には涙の粒が光っていた。
 
「あなたは、これまで、もう充分に戦ったの。苦しんだの。もし行ったら、あなたはまた地球から追放されてしまうわ。もう、今度こそ・・・」
 
 両手で顔を隠し、嗚咽するミカに、タケルは無言のままだった。
 やがて彼女は病室を走り去っていった。

 

 

 

「異常発生!!!27番点検用ハッチ、内部よりロック強制解除!!!」
 
 管制システムのアラームが鳴り響いたときには、一体のロボットがケレス基地に急接近し、瞬時に離脱してレーダー域を超えていた。
 
(俺は、また、一人だ・・・)
 
 地球政府の決定は、冷酷ではあったが、残念ながら客観的にみて正当だといえた。
 縁もゆかりもない星の、いわば内政に干渉し、武力を投入するわけにはいかない。
 亡命を希望する者の受け入れというならともかく、その本人はみずからの意志で立ち去ったのだ。
 しかも、ケレス基地を攻撃した、海賊に従って・・・。
 
 かつて地球を追われ、行くあてなく宇宙を一人漂ったときを思い出す。
 無数の星屑を散りばめた、だが漆黒の空間は、どこまでも続き、永遠に明けない夜を思わせた。
 
 広大。
 限りなく広大な宇宙は、あまりにもちっぽけな、孤独な存在に重くのしかかり、今にもたやすく押しつぶされそうだ。
 
 恐怖。
 どこへいけばいいというのか。どこかへたどり着けるというのか。
 上下左右意味をなさない無重力の空間で。
 光の速さでさえも何万年と何十万年と旅しても渡り切れぬ、この海を。
 故郷を失い、ただ一人で・・・。
 
(フローレもこんな思いをしたのか)
 
 たおやかで、可憐な姿が脳裏をよぎる。
 淋しげな美しい顔をうつむかせ、バイオレットの柔らかい髪がそれを隠す。
 
(そうだ。今の俺には行かなければいけないところがある。しなければいけないことがある)
 
 心にあらためて燃え上がる決心が、永遠の闇の空間への恐怖を打ち消した。
 精神を集中させ、意識を広げる。
 
 彼女の波動を、この広大無辺の宇宙のどこかにいる彼女の気配を決して逃さずつかまえるために・・・。

 

 

 

  

 海賊船に光速で接近する物体があった。
 海賊船をたちまち取り囲んだロボットは六体。
 迎撃の銃器は全く通用せず、こう至近距離では主砲も使えない。
 司令席から立ち上がって指揮をとるガッシュにはこれが誰のロボットかということはもちろんわかっていた。
 
(女を奪いに来たか)
 
 しかしこれだけの戦闘力をもつ六体ものロボットで攻撃されれば、この海賊船とてひとたまりもない。
 
 それをわかっていてしないということは、あのマーズとかいう男は、マイナスエスパーをひとくくりに敵視しているということでもないということなのか?
 あるいは、フローレの安全を確保してから攻撃に出てくるのか・・・。
 
(フッ!・・・なるほどな)
 
 ガッシュはタケルの意図に気づいた。
 
「迎撃体勢そのまま。牽制射撃を不定期で行え」
 
 副官に指示を残して、彼は静かにブリッジを去った。

 

 

 

 涙はもう枯れていた。
 
 この部屋に幽閉されて丸一日。
 優しく自分を気遣う人々に囲まれたケレスを離れ、海賊船の虜となり・・・。
 不敵な態度に反して、ガッシュという男は彼女には指一本ふれず、ただそこにある物体としか見ない、無視ともいえる扱いをしただけだったが。
 それでも時折向けられるあの氷のように冷たい瞳は、殺気といえる凄みを含み、フローレを激しく恐怖させた
 
 そして、何よりも・・・。
 
(私が、ギロンの娘!?)
 
 慈しみ愛して育ててくれた父母が、実の父母でなく、そしてその彼らを殺したギロンの娘・・・。
 この私を殺すために、同じ年のマイナスエスパーを片端から殺害したギロンの、娘・・・。
 何の罪もなく殺された沢山の人々の嘆きが、苦痛に満ちた呻きが、今にもこの部屋に満ちてきそうだ。
 
「・・・あぁ・・」
 
 悲鳴をかみころして両手で顔を覆う。
  
 その時、微かに、まるで囁くような声がフローレの頭の中に響いた。
 
(フローレ!)
 
「タケル!?助けて、私はここよ!」
 
 一度はその手を振り払い、この海賊船に自ら乗り込んだ、その彼に再び助けを求めることに戸惑いはなかった。
 ここから逃げ出したい。
 今すぐに・・・。
 
 数分とたたずに、ドアの鍵が小さな金属音をたてて飛んだ。
 開いたドアからさしのべられた手が、立ちすくむフローレの腕をとり、一瞬だけ、きつく抱きすくめた。
 
「行くぞ!」
 
 手を取り合って走る狭い廊下に、人影はない。
 すべての乗組員は六体のロボットへの迎撃におわれていた。
 
 いや、ただひとり。
 ただひとり、この陽動作戦を見抜いた男が、二人の前に立ちふさがった。
 大きな体躯を持つ男は両の手に一振りずつサーベルを握っていた。
 冷たい灰青色の瞳はギラリと輝き、男らしいシャープな線を描く唇が、物騒な笑みをたたえてつり上がる。
 
 フローレの手が一瞬強く握られ、離される。
 ガッシュがサーベルをタケルに投げてよこしたのだ。
 
 装飾のない実用的な柄がタケルの掌に収まった。
 対するガッシュの愛剣は、それよりふたまわりほども幅広で丈も長く、段平とまではいかぬものの、手足などはたやすく叩き切られるだろう。
 しかし武器のハンディをタケルは感じなかった。
 極めて大柄のガッシュでなければ、あの大剣は使いこなせまい。
 鍛え抜いたとはいえタケルの体格では、この日本刀に似たサイズのサーベルのほうが戦いやすい。
 それを正眼に構える間もなく、ガッシュの一撃が襲ってきた。
 ガシンと受けると手に痺れが走る。
 
 つづけて繰り出される攻撃は、タケルに超能力をつかう暇さえ与えない。
 パワー、スピード、そしてなにより剣技の差が、タケルをたちまち追いつめていた。
 耳をつんざくような衝撃音と飛び散る火花を残して、タケルのサーベルが空を舞った。
 
「うっ・・・」
 
 痺れきった手首を押さえてうずくまるタケルに、海賊の男は一歩一歩ゆっくりと近づいてきた。
 
「もう少し、ホネのある男かとおもったが、な」
 
 せっかくの楽しい遊びがあまりにも早く終わってしまったとばかりに、軽く肩をすくめる男の、けぶるような金髪は、一筋も乱れていない。
 
 大剣を逆手に持ち、まさにタケルの頭上に掲げた、その時。
 あたりは一面、紫色の閃光に包まれた。
 
「やめて!やめてちょうだい!!」
 
 光源は、視界を奪われた二人の男の間に割り込んだ。
 タケルがようやく薄目をあけると、逆光に、華奢な影が両手を広げ、タケルをかばうように立ちはだかっている。
 
「フローレ・・・」
 
 閃光は徐々に収まりつつあったが、それをまともに浴びたガッシュの視力はまだ回復しないようだ。
 両目を大きな手の甲で押さえ、剣に寄りかかってかろうじて立っている。
 
 タケルはフローレの肩を抱きかかえるようにして再び走り出した。
 彼の守護神たるロボットの名を叫びながら・・・。

 

 

 

  

 ガイヤーのサブシート。
 今は亡き兄だけがかつて座ったそこに、いまにも崩れおちそうにフローレは腰掛けていた。
 
 かけてやる言葉が見つからない。
 
「私は、ギロンの娘・・・」
 
 うわごとのように始まった告白はすでに終わり、重い沈黙だけがコクピットを包んでいた。 
 
 操縦をオートバイロットに切り替えて、タケルはゆっくりと彼女に近づいた。
 恐る恐る、壊れ物に触れるように手を伸ばし、そして彼女の肩を抱いた。
 バイオレットの髪を優しく撫で、その小さな頭を自らの肩口に押しつける。
 やがて小さく小さく、くぐもった嗚咽が空気を震わせ始めた。
 
「フローレ、俺が、いる。俺は君のそばにいるから・・・」
 
 返事は、ない。
 とまらぬ嗚咽だけが響いている。
 
「俺も、もう地球へかえれない・・・。ふたりで・・・ふたりで静かに暮らせる星がきっとある。だから・・・」
 
 バイオレットの髪が激しく揺れ、泣きはらした同じ色の瞳が大きく見開かれてタケルを見上げた。
 
「忘れろというの?私を殺そうとした父のことを?私の代りに殺された何人も、何百人もの女の子たちのことを!?罪もないマイナスエスパー達のことを!!」
 
 震える声が徐々に高まり、叫びに変わる。
 
 また沈黙が訪れた。
 紫水晶の瞳から、静かに、止めどなく涙があふれる。
 二人はどちらからともなく、唇をあわせていた。
 涙がひとすじ、またひとすじと唇を濡らす。
 悲しいキスは冷たく、そして苦かった。
 
「お願い、タケル。あなたに頼み事をできる私ではないけれど・・・。だけど、お願い。私をマルメロ星に連れて行って。私はギロンに会う。そして・・・」
 
 フローレの言葉の最後は、タケルの唇に奪われた。
 脳裏に伝わるその言葉・・・。

 

 

(コロシテヤル)

 

 

 

 

 

 

 星屑の海を漂っていた六つの光が、弧を描き、そしてたちまち速度を増して、宇宙の一点を目指した。
 
 マルメロ星へ・・・。
 プラスとマイナス、相反するふたつの、宿命の星へ・・・。
   
 

 

 

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