エピソード1 - 1 生き残り ヴァイオリン様
――俺と一緒に行こう
キラキラした木漏れ日のように、カーテンの布目を通して、朝の光が美しい少女の肩にこぼれていた。 「うん。目覚まし時刻の10分前ね。 少女の名はロゼ。 少女の部屋のドアがガチャリと開けられ、 ルイと呼ばれた少女が、悪戯っぽい笑みを浮かべ、しゃきしゃきと捲し立てた。 「姉さんの寝言が、となりのわたしの部屋まで聞こえてくるのよ。今朝は、とっても良い夢だったみたいね?さては好きな人でも、出てきたんじゃない?」 ルイはロゼの妹であったが、その手の会話にはロゼより上手であった。 「も、もう、ルイったら、マーズはそんな、すきとかそういう対象じゃないのよ」 とたんにロゼは頬を染め、ルイは朗らかに笑った。 「ふふふ。まあ、良いわ。姉さんの夢見が良いなら、それで結構」 言いながらロゼは生真面目に唇を引き締めた。 「マーズはギシン星とその星群の命の恩人、そしてわたしの魂の恩人、感謝し敬うことはあっても、すきになることは許されないわ。考えたこともないのよ」 現時点のロゼの本音であった。 ロゼは自分の過去に対する原罪の意識が強く、誰よりも自分を責め続けていた。 (一生懸命生きていればいつかマーズに一目会えるかもしれない) という、ロゼ自身の一途で控えめな願いなのであった。 ルイはつとめて明るく流した。 「はいはい。姉さんの律儀はそれで結構。夢見が悪くなければそれで良いのよ…。」 最後の方は姉には聞こえないように呟いていた。 (この間、姉さんは、寝言で叫んでた。「なぜ私が生き残ってしまったの」みたいなことを…。本人は覚えてないらしいけど。 最近、ロゼは体調を崩すことが増えていた。 (それがズールの夢と関係あるとは限らないけど)
「ルイ。今日訪問する、エスパー療棟の場所は解読出来て?」 ロゼは共に働く妹に、てきぱきと問いかけた。 彼らはその複雑な立場から、多くは誹謗や、時には恨みを含んだ暴力の被害に遭っており、そのため彼らの治療には厳重が敷かれ、一般市民には勿論、作戦スペシャリストとして平和条約締結に従事するロゼとルイの姉妹にさえ、療棟の場所の情報の入手にも2重3重にロックが掛けられているのであった。 「勿論よ。場所のほうは解読済み、すぐに破棄して、頭に入ってます」 ロゼら姉妹には、療棟の様子を視察し報告する任務が課せられていたのだった。 「ええ。でも…」 「何?はっきりお言いなさい」 「病んだエスパーたちを恐れているの?大丈夫よ、なにかあってもわたしが守るから」 「姉さんは、行かないほうが良いのじゃないかと思って…。」 ロゼは、ルイの肩を軽くたたき、真剣な目をして答えた。 「もしそれが本当だとしたら、わたしは、ますます、行かなければならないわ」 「なぜ?」 「それがわたしたちの仕事だから。それに、彼らとわたしの症状の原因に共通点があるのだとしたら、彼らを理解することで、わたしは自分が発症するのを抑えられるかも知れない。なにごとも調査あるのみよ」 「でも…」 「だいじょうぶよ。わたしがもし目が見えなくなったら、とっとと寝ますから、帰りの運転は、ルイ、よろしくね?」 姉妹は微笑みあって、重い任務を遂行すべく、励ましあうほか術がなかった。
夕焼けの空が橙色から紫へ、灰色へと変化してゆくのを、自宅のベランダから、ルイは心配そうに見つめていた。 エスパー療棟の視察は、終わった。 戻ってからのロゼは、エスパー寮棟、いや、エスパー治療の広範囲に渡る改善案の作成に熱心に取り組み、夜を徹して働くことも増えていた。 改善案は幾度か修正を余儀なくされ、そのたびにロゼは徹夜で仕上げては幹部に提出を繰り返していた。今日もロゼは改善案を持って出かけた。これで何度目だろう。 (体力的に大丈夫かしら、それに…) そのとき、 「姉さん?」 (ルイ、今度こそ、案が通ったのよ。今夜はぐっすり眠れるわ) 「ほんと!…よかった。それじゃ夕飯は姉さんの好きなものをそろえてあげるわね」 (ありがとう。でも、悪いけど食欲が落ちているから、今日は遠慮しておくわ。とにかく帰って休もうと思うの。いつも心配かけてごめんね、ルイ) 「良いってこと!」 ルイの頬に安堵の笑みが広がった。
連日の激務でさぞかし胃も疲れているだろうと、気遣って、ルイは明るく言い放った。 「って言っても、姉さんは、出されたら残さず食べるひとなのよねえ…。」 ひとり言のように突っ込みを入れ、ルイは苦笑した。 ルイは聞き返した。 ロゼは視線をルイに向けると、哀しみの漂うまなざしを穏かな微笑みに変えて言った。 窓の外は日が落ちて、帰宅を急ぐバギーや車の交通量が一気に増えていた。
「今回の改善案で最も訴えたかったのはね」 大きな瞳で強く何かを見据え、熱っぽく語るロゼを、ルイは感慨深く見つめていた。 (姉さんがこんなふうに生きてくれて嬉しい) ロゼの真っ直ぐな想いを支持したい、と、ルイは思った。 ルイは、ふと、かつて敵味方に分かれ、ロゼと対峙していた頃のことを思い起こし始めた。 |
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