エピソード1 - 2 死に装束のロゼ

 ヴァイオリン様

 

 

 

 

 

 あの日。

 ルイの仲間に捕らえられ、レジスタンスの捕虜となっていた姉は、なにか様子が違っていた。
 背筋を伸ばし、これ以上ないほどに美しい歩き方で、不思議と人を惹き付ける、中性的な魅力は、変わっていなかった。

 しかし、どこか、心ここにあらず、と言った姉の面持ちが、ルイを戸惑わせた。

 それまでは、どんなに立場が違おうとも、選んだ道が違おうとも、確執が深まろうとも、どこかにまだ「姉」として自分を甘えさせてくれる、「本音の気配」のようなものが感じられた。
 それを敢て言葉で表現するなら、「生きる」「守る」「生きて妹を守る」。
 だからこそ姉は自分に、しつこいほど何度もゲリラを辞めるように迫った。

 聞き入れる自分ではなかったが。

 だが、レジスタンスの基地で冷たい椅子に座らせられた姉は、初めてと言って良いほど、自暴自棄になっていた。
 いや、自暴自棄よりももっと、静かなイメージの言葉のほうが正確かも知れない。

 「逝く」「去る」「もう誰かを守ろうとはしない」

 それはもしかしたらそう、死に場所探し…?

 妹である、ルイのことより、なにか、別のことに心がとらわれているようだった。
 そして、怖いほどに美しかった。
 死に場所を求め、静かに彷徨い続ける、まるで白き死に装束姿の武士…。
 そう、ルイは、怖かった。泣き出してしまいたかった。

(いったい何を静かに見つめようとしているの?!姉さん、ここに、わたしがここにいるのに!貴方を殺さなければならないのに!?)

 

 

 

 

「どうかして?ルイ…」

 ふと、ルイは姉の指を自分の頬に感じた。
 ルイは涙を浮かべて回想していた。
 ロゼは野菜スープの皿の並べられた小さな丸いテーブル越しに手を伸ばして、ルイの目もとをそっと滑らかな細い指でぬぐってくれていたのである。

「あ、ううん、なんでもない。ちょっと、思い出していたんだ。」

「思い出していた…?」

「うん、ちょっとね。姉さん、そういえば、『マーズのやさしさが彼の強さの秘密なの』って、言ってたわね」

「え?…ええ。どうしたの、ルイったら、急に」

「『やっとわかったわ、マーズの強さが』ってね。姉さんが言ったのが、あのとき、わたし、凄く不思議だったんだ。
 だってマーズはあの場所にいなかったのよ? …姉さんは、自分がいよいよ殺されかけ、そして助けられた、処刑の中止という人生の大きな場面で、ずっとマーズのことを考えていたのね。マーズの強さの秘密を」

「あのときのこと…」

 ロゼの視線が遠くなり、美しく揺れた。

「そうね。貴方と重ねて、マーズのことを考えていたわ。どうしてあんなに強くいられるのだろう、と。強いのに、温かで、しなやかでいられるのだろう、と」

「えっ、わたしと重ねて?」

「そうよ。…圧倒的な武力の差がありながら、何故か全滅どころか、根を張るように増え続けるレジスタンスたち。
 わたしは一日も早い力による鎮圧こそが平和をもたらすと信じていた。しかしそこにもし間違いがあるとすればそれはなんなのか。
 小さな貴方が力を付けて来たことと、マーズの生き様となにか根本的な共通点はあるのか。それをなんとか見極めたかった」

 ルイは切り出した。

「姉さんは、不思議ね」

「不思議…?」

「うん。不思議なほどに美しい戦士。マーズに命を助けられたからと言って、すぐにズール側から寝返ったわけじゃないのよね。すぐではなかった。
 姉さんは、戦士としての自分の行き方を、なんども自問して、死にかけて、処刑の瞬間まで、考え抜いていた。
 それだけ姉さんの選択が常に真剣だったということね。
 …なんかね、私なんて、結構、なりゆきでレジスタンスになって、そのまま突っ走っただけだから、姉さんみたいに常に真剣な、なんていうか、悲壮感に溢れるひとに、ちょっと憧れるんだ。変かしら?」

 ルイはそのまま喋り続けた。

「勿論、私だって、レジスタンスをやりながら、宇宙の平和のために正しいことをしていると信じて頑張っていたわ。
 でも、自分の生き方、なんてことは、それほど深く考えて行動していなかった。
 目の前の出来事に対応するので精一杯で。結構、みんなそうだったと思うわ」

 ロゼはかぶりをふった。

「不思議なのは、あなたよ」

 ルイは目をパチパチさせた。

「え?なにが不思議?」

 ロゼは重い何かを背負った面持ちで呟いた。

「ズール軍前線基地副官としてのわたしの過去を、そんなふうに肯定してくれるのが、不思議…。 わたしにはまだ自分が赦せない…認められない」

「姉さん」

「確かに常に真剣だった。それは今も変わらない。見つめ続け、迷い続け、やっと出逢えたのが、マーズ。今は彼を目標に思っている」

「うん、それで良いじゃない?真剣に迷ったからこそ、答えが出たのよ?」

 ロゼは妹の理解に感謝して、うなづいて見せた。
 だがその目は曇り、哀しみに支配されていた。

「だけれど、過去の過ちは消せない。
 未来を失くした人々へどう謝ったらよいのか分からない。
 それに、処刑の瞬間、想っていたのは、マーズのことではなかったわ」

 ルイは姉の表情に不安を覚えながらも、突っ込んで聞かずにはいられなかった。

「それならば、どんなことを想っていたの?姉さん…」

 ロゼの目が完全に曇った。

 あれほど熱っぽく、ばら色だった頬が、いちどに蒼ざめ、生気を失くし、影を床に垂らしたロゼの夏物の白っぽいスカートは、ルイに再び姉の死に装束姿のイメージを連想させた。

「先に亡くなった彼のことを…。あやめてしまった彼のことを…。わたしがここで死んでも許されないのに…申し訳ないと…」

(マーズのお兄さんのことを言っているんだわ)

 ルイは焦り、立ち上がった。ルイの椅子がガタンと音を立てて倒れた。

「姉さん、ロゼ、ロゼ、もう、なにも考えないほうが良いわ?ね、ごめんね、変な話しちゃったね?ほら、カーテンなんかもう閉めちゃって、部屋の明かり、強く付けようね!」

 

 

 

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