エピソード1 - 2 死に装束のロゼ ヴァイオリン様
あの日。 ルイの仲間に捕らえられ、レジスタンスの捕虜となっていた姉は、なにか様子が違っていた。 しかし、どこか、心ここにあらず、と言った姉の面持ちが、ルイを戸惑わせた。 それまでは、どんなに立場が違おうとも、選んだ道が違おうとも、確執が深まろうとも、どこかにまだ「姉」として自分を甘えさせてくれる、「本音の気配」のようなものが感じられた。 聞き入れる自分ではなかったが。 だが、レジスタンスの基地で冷たい椅子に座らせられた姉は、初めてと言って良いほど、自暴自棄になっていた。 「逝く」「去る」「もう誰かを守ろうとはしない」 それはもしかしたらそう、死に場所探し…? 妹である、ルイのことより、なにか、別のことに心がとらわれているようだった。 (いったい何を静かに見つめようとしているの?!姉さん、ここに、わたしがここにいるのに!貴方を殺さなければならないのに!?)
「どうかして?ルイ…」 ふと、ルイは姉の指を自分の頬に感じた。 「あ、ううん、なんでもない。ちょっと、思い出していたんだ。」 「思い出していた…?」 「うん、ちょっとね。姉さん、そういえば、『マーズのやさしさが彼の強さの秘密なの』って、言ってたわね」 「え?…ええ。どうしたの、ルイったら、急に」 「『やっとわかったわ、マーズの強さが』ってね。姉さんが言ったのが、あのとき、わたし、凄く不思議だったんだ。 「あのときのこと…」 ロゼの視線が遠くなり、美しく揺れた。 「そうね。貴方と重ねて、マーズのことを考えていたわ。どうしてあんなに強くいられるのだろう、と。強いのに、温かで、しなやかでいられるのだろう、と」 「えっ、わたしと重ねて?」 「そうよ。…圧倒的な武力の差がありながら、何故か全滅どころか、根を張るように増え続けるレジスタンスたち。 ルイは切り出した。 「姉さんは、不思議ね」 「不思議…?」 「うん。不思議なほどに美しい戦士。マーズに命を助けられたからと言って、すぐにズール側から寝返ったわけじゃないのよね。すぐではなかった。 ルイはそのまま喋り続けた。 「勿論、私だって、レジスタンスをやりながら、宇宙の平和のために正しいことをしていると信じて頑張っていたわ。 ロゼはかぶりをふった。 「不思議なのは、あなたよ」 ルイは目をパチパチさせた。 「え?なにが不思議?」 ロゼは重い何かを背負った面持ちで呟いた。 「ズール軍前線基地副官としてのわたしの過去を、そんなふうに肯定してくれるのが、不思議…。 わたしにはまだ自分が赦せない…認められない」 「姉さん」 「確かに常に真剣だった。それは今も変わらない。見つめ続け、迷い続け、やっと出逢えたのが、マーズ。今は彼を目標に思っている」 「うん、それで良いじゃない?真剣に迷ったからこそ、答えが出たのよ?」 ロゼは妹の理解に感謝して、うなづいて見せた。 「だけれど、過去の過ちは消せない。 ルイは姉の表情に不安を覚えながらも、突っ込んで聞かずにはいられなかった。 「それならば、どんなことを想っていたの?姉さん…」 ロゼの目が完全に曇った。 あれほど熱っぽく、ばら色だった頬が、いちどに蒼ざめ、生気を失くし、影を床に垂らしたロゼの夏物の白っぽいスカートは、ルイに再び姉の死に装束姿のイメージを連想させた。 「先に亡くなった彼のことを…。あやめてしまった彼のことを…。わたしがここで死んでも許されないのに…申し訳ないと…」 (マーズのお兄さんのことを言っているんだわ) ルイは焦り、立ち上がった。ルイの椅子がガタンと音を立てて倒れた。 「姉さん、ロゼ、ロゼ、もう、なにも考えないほうが良いわ?ね、ごめんね、変な話しちゃったね?ほら、カーテンなんかもう閉めちゃって、部屋の明かり、強く付けようね!」
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