amazing grace 2

ゆみ58さま


 

 

「傷は大変深く、出血も多かったのですが、最大の急所はなんとかはずれています。今夜を乗り越えられれば・・・。」
 
 医師は多くを語らず病室を出て行った。
 生命維持装置の機械音だけがやけに響いている。
 白磁のごとく透き通っていたロゼの頬は今、蒼くくすみ、人工呼吸器の管の脇に見える唇は暗い紫色に変わっていた。
 タケルはロゼの冷たい手を握りしめる。
 すこしでも彼女のぬくもりが奪われないように。
 そして自分の生命力をその特殊な力によって手から手へ送り込むために。
 
 
 
 病室の扉が控えめにノックされた。
 気づかぬ様子のタケルを見やり、目を赤く腫らしたルイが応対に出た。
 
「警察の者です。犯人が捕まりましたのでご報告を・・・。」
 
 ルイはそっと廊下に出ると扉を閉めて、病室から少し離れた廊下の椅子を勧めた。
 中年の実直そうな刑事はルイにロゼの容態を確かめ見舞いの言葉を述べた後、言いにくそうに話を始めた。
 
「それが、子どもなんですよ。10歳の女の子です。戦災孤児で・・・数日前に施設から抜け出して犯行に及んだようです。現場のすぐ近くの路地で血の付いたナイフを握って座り込んでいました。」
 
 刑事が分厚い鞄から取り出したのはプラスチックバッグに入れられたキャンプ用のナイフであった。
 さすがに血は洗い落とされていたが、なぜこのようなものを今みせるのか、と不快な表情をあらわにするルイに、刑事は申し訳なさそうに説明をする。
 
「これは、その施設から持ち出されたものです。計画的な犯行ということになると思います。」
「姉に恨みを持っていたとおっしゃるのですね?」
「・・・そういうことになりますな。」
 
 
 
 ズール統治時代、レジスタンスとして戦ったルイには辛い事実だった。
 彼女の敬愛する姉は、ズールのバトルマシンの筆頭としてレジスタンスを制圧し、屈服しない者達を容赦なく処断していった。
 ロゼの辣腕ぶりはギシン星系中にきこえていた。
 
 
 
 しかし、ロゼは堂々とズールに反旗をひるがえし、マーズや地球防衛軍とともにズールを倒した。
 ロゼほどのかつての大幹部が・・・というのがかえって追い風となった面もあるかもしれない。
 その後の和平活動や復興活動にその身を捧げる彼女は、今では民衆の信頼と篤い支持を得ていた。
 
 
  
 それでも過去は決して消えるものではない。

 
 
 忘れる人も忘れようとする人もいる。
 未来へ向けての礎として過去をとらえ、乗り越えてゆく人もいる。
 けれども、やはり過去は消えないのだ。

 
 
 戦災孤児、と刑事は言ったがその子の親は間違いなくロゼの部隊あるいはロゼ自身に捕らわれ処断されたのだろう。
 その場で殺されたのかもしれない。
 ルイの脳裏に、そうして抹殺されていった同志達の面々が去来していく。

 
 
 もう、やめて!憎しみあうのは、殺し合うのはやめて!ズールはもういないのよ。みんなズールが悪いのよ!ズールが!!
 ルイは、煙るような金髪をかきむしるかのようにして頭を抱え込んだ。

 
 
 親子ほどにも年の違うルイのそんな姿をあまりに気の毒に思ったのか、刑事はルイの背に軽く手を置いた。
 
「わかっているんです。あなたのお姉さんは能力を見込まれてズールに使われていただけです。お姉さんだって被害者なんですよ。もう戦いは終わったんです。」
 
 刑事はゆっくりと立ち上がると、未成年者の犯行であるので公開審判は行われないこと、犯人の少女はその後更正施設に送致されることを述べて去っていった。

 

 

 

 

 深夜をまわってもタケルはずっとロゼの側にいた。
 手から手へみずからの生命エネルギーを彼女に送り続けている。
 容態に変化はないものの、まだ意識も戻らず、青白い顔は人形をさえ思わせる。
 
 
 
「マーズ、あなたが倒れてしまうわ。せめて食事をとって。」
 
 彼はトレイを運んできたルイに振り返ることもなかった。
 
「・・・このままロゼの側にいさせてくれ。」
 
 タケルは両手でロゼの手をさすり、またしっかりと握りしめる。
 
「俺が、俺がどうして守ってやれなかったんだ・・・。」
 
 耐えがたい痛みに呻くように言葉がしぼり出される。
 
「マーズ。大丈夫よ、姉さんはあなたの元を離れたりしない。絶対に・・・。」 
 
 返事はなかった。
 ただ彼は、愛しい人の手を握り祈り続けていた。
 ルイは諸方面に連絡を入れるべくひっそりと部屋を出た。

 
 
(ロゼ、ロゼ、目を覚ませ!俺たちはまだまだやらなくちゃいけないことが沢山あるはずだ。ロゼ、・・・俺をおいていくなんて許さない!!)
 
 彼のテレパシーがロゼに届いているのかいないのか、それさえも分からなかった。
 いくら強く念じてみても彼女からは何の反応もかえってこない。
 タケルは自らの意識が急激に遠のくのを感じた。
生命エネルギーを送り続けすぎたのだろうか。
 限度を超えた超能力の酷使は己の生命を縮めてしまう。
かつてズールにはめられたデビルリングによって倒れた時とよく似た、激しい目眩と自己喪失感が彼を襲う。

 
 
 ・・・俺も、もうダメなのかもしれない。
 それでも構わないな。ロゼが行ってしまうのならば俺もいっしょに行こう。
 そうだ、俺たちはずっといっしょに、どこまでもずっと・・・。
 
 
 
 タケルの意識は完全にブラックアウトした。

 
 
「マーズ、弟よ。マーズ。」
 
 懐かしい愛しい声が彼を呼んでいた。
 
「兄さん!」
 
 漆黒の闇の彼方に淡い輝きが見える。
 そこから一条の光が彼の元へ飛んできた。
 黄金色に光る一羽の小鳥だった。
 小鳥はタケルの頭上を幾度となく旋回し、羽ばたくたびに輝く粒子があたりに降り注いだ。
 
「マーズ。」
 
 きらめく光が美しい青年のかたちをとっていった。
 
「マーグ!会いたかったよ。」 
 
 タケルは双子の兄を抱きしめた。
 もう何も不安はなかった。
 今はただこのぬくもりに包まれていたかった。
 
「マーズ、だめだよ。」
 
 マーグは優雅な微笑みを整った顔にたたえながら、弟をいさめた。
 
「マーズ、ここはまだおまえ達が来るべきところはない。」
 
 彼の声はいつも限りなく穏やかで優しい。
 
「兄さん!」
 
 マーグは軽く肯くように目を閉じると、視線を少し後ろに向けた。
 再び金色の粒子が舞う空間にマーグはゆっくりと長くしなやかな手をさしのべた。
 彼の気品溢れるたおやかな動作は、まさに貴婦人をエスコートする貴公子のようであった。
 光の中から現れたのは、はたしてロゼであった。
 
「ロゼ・・・。」
 
 彼女もまた安らかな微笑みをたたえてタケルを見つめていた。
 
「マーズ、ロゼ。もうお互いの手を放してはいけない。おまえ達はともに生きて生き続けていかなければならない。」
 
 マーグはロゼの手を弟に引き渡して掌に握らせ、それを美しい両手で包み込む。
 
「マーズ、愛する弟よ。さあ、行くのだ。」
 
 タケルの両目から暖かい涙が溢れていた。
 
「マーグ・・・。」
 
 マーグは微笑んでいた。
 例えようもないほどに美しく慈愛に満ちた笑顔であった。
 その青い瞳の透き通るような輝きをタケルはずっと見つめ続けていた。
 
「ありがとう・・・兄さん・・・。」

 

 

 

 

 青い瞳が彼を見つめていた。
 
(マーグ?)
 
 タケルの視界はゆっくりと明るく広がっていった。
 
「ロゼ!」
 
 白い病室のベッドの上で彼女は美しい青い瞳を開いていた。
 顔色にも少し生気がもどっている。
 彼の指に絡み合った彼女の細い指が微かに動く。
 
(マーズ・・・。マーグが・・・。)
(ああ、そうだよ。マーグが助けてくれたんだ。)
 
 まだ弱いながらも温かいテレパシーが手から手へ伝わっていた。
 
(マーズ。ごめんなさい。)
 
 
 
 彼女の意識の回復を生命維持管理モニターで感知したらしく、医師や看護婦達がバタバタと病室に駆け込んできた。

 
 
医師は手早く診察をし、側に控えるタケルに穏やかに言った。
 
「もう、大丈夫です。あとは安静にして傷の回復を待つばかりですよ。」
「・・・ありがとうございます。」
 
 タケルは感無量の思いで、かろうじてそれだけを口にした。
 遅れて部屋に飛び込んできたルイも、医師のその言葉を聞き、涙を流しながら頭を下げた。
 
「ありがとうございました、先生。姉は助かったんですね。」
「今でこそ申し上げますが、確率は非常に厳しかった。あれだけ深い傷がかろうじて急所を逸れていたのも、こうして意識を取り戻されたのも、奇跡といってよいものかもしれません。」 
 
 もう一度深々とお辞儀をするルイにほほえみかけながら医師達は病室を出て行った。
 ルイはベッドにそっと近づき、横たわる姉の顔をのぞきこんだ。
 彼女はすでに瞳を閉じて安らかな寝息をたてていた。
 そのかたわらの椅子に腰掛けたマーズもまた、疲れ果て安心しきったのか、彼女の手を握りしめながら眠りに落ちていた。
 
「よかったわね。姉さん。」
 
 ルイは小さな声で姉に語りかけるとクローゼットから毛布を取り出し、静かにタケルの肩にかけた。

 

 

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