エピソード1 − 4 上がって来ないで

 ヴァイオリン様

 

 

 

 ロゼは異常に寝苦しかった。初夏と呼ぶにも少し早すぎる季節であるのに、なにか喉の渇きと背中にのしかかるような不快感に悩まされた。

(怪我をした肘のせいかしら…体に熱がこもっているのかも知れない)

 自分で氷を取りに行こうと、身を起こしてロゼは絶句した。

 部屋に誰かがいる―――?

 それは異様な暗さと威圧感を放ち、ブラックホールのようであって人間のようでない、だが宇宙の闇のごとき黒いマントを怪しげに揺らし、甲冑で固め一切の皮膚を隠したその姿は―――
 忘れもしない、かつて恐怖と畏敬を持って仕えたあの皇帝。
 ズールであった。

 ズールがそこにいた――――!!

 

 わなわなと体が震えだすのを止めることが出来ない。

 かつてズール軍の戦士として奮闘した頃でさえ、恐怖の大きさに、ロゼは皇帝ズールを直視したことが無かった。
 そのズールが、今、ロゼの背後に立ち、異様な冷たさを漂わせてロゼを視線で射抜いている、逃げなければ!と焦るが体に力が入らない。

 わたしはこれほどまでに弱虫だったか?誇り高き戦士であったはずのわたしが、今はただの腰抜けか。本当に、本当に、力が入らない…!

 恐怖と、情けなさ、自己嫌悪、弱弱しい涙が滲んで、諦めてしまいそうになる。

 こんなのわたしじゃない、ここで諦めてしまっては、それこそマーズに顔向け出来ないのに…!!

 ロゼは心の中で早くも号泣していた。自分が情けない、ゆるせない…。

 ズールは厭らしい笑い声とともにロゼを背後から抱き寄せた。
 甲冑の固さと冷たさは痛みを伴うほどであった。だがその痛みがロゼに気力を振り絞らせた。

「ええい、離せ!」

 一瞬の隙をついてロゼはズールの腕をすり抜け、テレポートして戦闘態勢を取った。

「ズール!何故いまさら現れる?!お前はあの日、マーズの反陽子エネルギーに倒れ宇宙に散ったはずだ!」

 腹に力を入れ、怒鳴ることが出来た。
 ロゼは自分の声に勇気づけられていた。

 そうだ。やれば出来る、わたしはまだ自分を捨ててはいない。いつだって、諦めずにやれば出来るのだ…!

 ズールは豪快に笑い、「あれを見よ」と指差した。

 

 

 そこには、かつての自分がいた。
 蒼きミニのスーツに身を包み、戦い続けた自分がいた。
 眼光を放ち、走り、跳び、撃つ、自分がいた。

「わしは時間をも支配することが可能なのだ」

「?!」

「お前に過去をもういちど与えてやろう。だがお前は事実を変更できぬ。過去をそのまま繰り返すのみだ」

「!!」

「さあ、すきな時間に戻してやるぞ。いつがいい。非武装の市民を巻き込んだ祭りの日が良いか、それともお前のすきなマーグが死ぬ日が良かろうか?」

「そんな…っ」

 ズールは笑い、思念波らしきものを送ってきた。
 ロゼは必死で抵抗を試みた。

(マーズなら)

 ロゼは心で叫んだ。

(マーズなら、こんなとき、絶対に諦めたりしない!)

 ロゼは声の限りに叫んだ。

「負けるものか!過去の過ちを繰りかえすなどと!
 もう誰の泣き叫ぶ姿も見たくない、聞きたくない…!
 わたしは未来に生き、すべての者の幸せのために尽くすのだ!」

 ズールは容赦なく、祭りの日の記憶とマーグの絶命の記憶のイメージを、ロゼの前で繰り広げた。

 赤い火。誇らしげに踊る農夫たち。冗談を飛ばしあう商人たち。爆撃開始。逃げ惑う人々。子どもの声。犬の声。

 クレバス。弟を抱きしめる兄。ビーム砲。完全に間に合わない「STOP」の指示。

(上がって来ないで)

 現実で体験したときより遥かにゆっくりと、映画のスローモーションのように静かに、マーグが自らの体をビーム砲の出口へと差しかける。

(そこに来ないで…!)

(わたしを見ないで…!!)

(話しかけないで!!)

(早く逃げて…)

「マーグ!マーグ!」

 ロゼの哀しい絶叫は、魂をも揺さぶるようであった。

 

 

(…遠くに行かないで…)

 

 

 

 

「マーグ!マーグ!」

「姉さん!姉さん!」

 ルイに揺り起こされて、ロゼはベッドからガバッと起き上がった。
 ロゼの号泣に驚いて隣室から駆けつけたルイが、ベッドの傍らにいた。

 夢だった。
 酷い夢を見ていた。

 あのズールの悪夢は、本当にただの、ロゼの夢だったのである。
 ロゼは呆然としながらも、まだ、深く大きな哀しみの感情の昂ぶりに身を任せ、肩で息をしていた。

 哀しみがすべてを覆って、悪夢を断ち切ってくれたのだと思った。

 あれだけの激しい恐怖で覚めなかった夢が、それをしのぐ、さらに大きな哀しみの感情の爆発により、終わったのである。

 

 マーグに会えないことが淋しい。
 そんなことを自分が思っていることがまた自分で許せなかった。
 マーグに会えなくしたのは自分だ。
 自分の淋しさよりもマーグの人生を想え。
 彼はどれだけの想いを残していってしまっただろう…。

 ロゼは膝を抱え泣き続けていた。

 ルイは言葉を失っていた。

 

 

 

 

 

 

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